小説 | ナノ






幼なじみである仙蔵が久しぶり帰ってきた。夏は日没が遅いけれど辺りは薄ぼんやりと群青色。湯上がりの体温に縁側の風は心地好い。右手には扇を持って、ちりんという風鈴の音、線香の匂い。ふわりと舞うのは仙蔵の艶やかな黒髪。悔しいと感じてしまうくらいに、彼は会うたびに美しく成長していく。そのくせ声も立ち居振る舞いも大人びて「男」になっていくものだから心臓に悪い。






「お前は変わらんな」

「仙蔵が変わりすぎなんだよ」

「ふ…そうか。」





そう言ったきり、彼の視線は少しずつ暗さを増していく空に向けられた。夜になれば、夏特有のあの匂いは鳴りを潜めるだろう。いつの頃からか仙蔵はこの場所にあまり帰ってこなくなった。上級生ともなると色々と忙しくなるんだと誇らしそうに言ったのが今から二年前。事あるごとに帰省していた小さな子供の姿はもう、遠い記憶の彼方だ。彼ももう卒業、就職をすれば里に帰ってくることなど今以上に稀になるだろう。





「懐かしい、小さい頃、この縁側でよく二人で遊んだよね。仙蔵、私よりちっちゃくて弱かった」

「馬鹿者、勝たせてやっていたんだ」

「え、そうだったの?」

「いくらお前と言えど女だからな、傷つけてはならんと教えられていた。それなのに何度も向かってきおって…」

「そうだっけ。ごめんごめん」





ごまかすように笑えば、仕方ないというような笑みが返ってくる。その笑みが途切れた瞬間、私の間抜け面が真っ直ぐに捉えられている、長い睫毛に縁取られている切れ長で綺麗な瞳と視線が合う。瞬間、心臓に走る衝撃。何となく視線を逸らしてはいけない気がしたから、ドキドキと煩く鳴る心臓を押さえ込んだ。無表情から一転、不敵に歪んだ口元。距離が詰められて、私と仙蔵の顔が、息がかかってしまうほどに近付く。




「…ふむ、逃げんのか」

「あ…」

「時間は与えたぞ。…良いんだな?」





聞いたこともない位に甘く響く低い声。仙蔵の指先が、耳の辺りに添えられて胸の鼓動が速度を上げる。優しく触れられているはずなのに、搦め捕られるような心地に陥った。もうごまかし切れない。緊張と期待が頭の中で螺旋を描く。熱っぽく細められた瞳に囚われたら最後、逸らすことなど出来ない。だから代わりに瞳を閉じる。

けれど、一向に期待した感触はなく、嗚呼、からかわれたのだと思い静かに瞳を開けた。瞬間。至極楽しそうな表情を見せた彼に引き寄せられ、柔らかい口吸いを落とされる。驚いて跳ね上がった体さえも、彼はいとも容易に押さえ込む。心臓のずっと奥が締め付けられた、そんな気がした。





「……私の所に来い」

「…せんぞ、」

「全てを捨てて私を選べ。それをお前に言うために帰ってきたんだ」

「え…」

「心配するな、幸せにしてやろう」





からからの喉が、答えを求めて彷徨う。目の前の甘い誘いに躊躇なく乗りたいけれど、親には育てていただいた恩がある。嫁ぐは自分の意思ではなく家の意思。そう知っていたからこそ踏ん切りがつかなくて、すくむ足。渦巻く思考を知ってか知らずか彼は私の顎に人差し指を添えて、それはそれは綺麗な顔で笑う。





「何も考えず頷け。お前の親には私が話を通そう」

「でも」

「無論、断固として反対されたとしても私の意思は変わらん。その時はその時だ、攫っていく」





ひたすらに甘やかな誘惑に、飲み込まれずにいるほうが無理な話。返事の変わりに体を擦り寄せると、耳元で「良い子だ」と囁かれる。そうして、再度、柔らか過ぎる程の口吸いを落とされた。大きく響く鼓動と片隅で鳴る警告音。全てを捨てる覚悟と、絡め捕われる覚悟。今はただ、夏の風の心地良さと唇の感触に酔っていたい。





「…攫っていかれた先で、私はどうなるの?」

「さあな?どうされたいんだ」

「仙蔵と一緒なら、…きっと大丈夫な気がする」

「女の勘、か?」

「ううん、だって、…本当はずっと、仙蔵とこうなりたいって思ってたから」




嗚呼、私は狡い女だ。だって、全てを忘れた振りをして自分の欲求を取った。だけど、私を渇望する瞳を見てしまえば抗えない。顔も知らないお方の元へ嫁ぐより、懇意の人と寄り添って生きていきたいのだ。私の言葉に気を良くしたのか、彼は大きな手の平で髪を撫でてくれた。白魚のようだと思っていた手にはよく見ると無数の傷跡。この手に守られるだけにはけしてならないように、支えていくことを決意しながら心地良さに瞳を閉じた。






(戀鳴り)




ちりん、と。
風鈴の音が意識の一番端っこで夏を主張していた。



END



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