小説 | ナノ






もうすぐ忍術学園に着くであろうその最中、ふと、月が綺麗すぎたあの夜のことを思い出した。我が身を省みない様が昔の己に似ていたあの少年は無事に学園へ帰れたのだろうか。



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「うわあ、流石ですね!」

「授業料、と言った所かな?」

「いやー、本当に助かります。中々予算がもぎ取れなくって…」






相変わらず能天気に笑う伊作くんを見て、こちらも毒気を抜かれる。鼻唄まじりに、私が採ってきた薬草を確認しながら棚に割り振っていく。その背中に向かって、何でもないことのようにあの月夜のことを話すと、あー、という何とも間抜けに間延びした声が返ってきた。





「文次郎ってば…」

「ああ、あの子、文次郎って言うんだ?酷い隈だったけど」

「はい、潮江文次郎です。さっき言ってた、中々予算をくれない会計委員長なんですよ。隈は…寝ろって言ってるんですけどね?」

「随分と血気盛んな子だった」

「そうですね、よく僕と同室の奴と喧嘩してますよ。」





まさに犬猿の仲なんです、と苦笑する彼の表情からは諦めに近い何かが伝わってきた。成程、喧嘩をすれば怪我が出来る。保健委員としては面倒なことこの上ないのだろう。君も大変だね、と声をかければ曖昧な苦笑いが返ってきた。





「心配しなくても大丈夫です。あいつはピンピンしてる…というかギンギンしてますから」

「ギンギン?」

「はい、あの日からやれ鍛練だの特訓だの…きっと貴方を倒すためですね」

「はは、そりゃ結構」





潮江文次郎、くん。あの鋭い殺気に免じて名前だけは覚えておくことにする。縁があればまたきっと近い内に出会うことになるんだろう。昔の私を見ているようで苦々しい反面、色々と余計な口を出してしまいたくなる、こんな感情を抱くのもたまには悪くない。それほどにこの学園の忍者のたまご達は面白いのだ。

しかしまあ、万が一、組頭が完全に彼らの敵に回ることを判断する日が来たとしたら私はきっと何の躊躇もなく刃を向け、全てを奪おうとするだろう。そこが揺らがない限りはどんなにほだされても問題はない。






「あ、そうだ、これをどうぞ」

「…これは?」

「僕が知っている限りの火傷薬と傷薬の知識です」

「……これ書くのに、どのくらいの時間を要した?」





彼は困ったように笑って、返答をしようとはしなかった。丁寧に閉じられた紙達には所狭しと墨で書かれた彼の文字。これは、知識そのものだ。私としては口頭で少しずつ与えられると思って覚え書きの準備もしてきたのだが。渡された冊子をぱらりとめくってみると、薬草だけではなく調合の手順さえも記されていた。ああ、これでは等しくならない。





「…君にも隈が出来てるよ、伊作くん」

「ああ、何だか昨日はどうも眠れなくって」

「全く…もう少しマシな嘘はつけないのかい?」

「だって、それで、救える人がいるんでしょう?」

「…その通りだ」

「なら、良いじゃないですか」





惜しみなく与え、救い、癒すことが彼にとっては当然のこと、らしい。穏やかに弧を描いた口元にはなんの裏もないように思えたけれど、これまで「代償」と「悪意」に満ちた世界に順応して生きてきた私にとってそれは未知でしかなくて、少し恐ろしい。例えば傷口にそっと触れるその手で、穏やかな笑みを浮かべるその顔で、彼は人の命を奪うのだろうか。





「…君って、どんな武器が得意なの」

「何ですか、薮から棒に」

「何、ちょっとした興味だよ。得に意味はない」

「見ての通り体術にはあまり自信がないですから、薬とか毒に頼ったり、あとは普通に剣も手裏剣も使えますよ。自分でこう言うのもアレですけど、伊達に6年間この学園で学んできたわけじゃありませんから」





実習とか、結構大変なんですよ。と言った彼はもう笑ってはいなかった。これは、人を殺めたことがある人間の目だ。実習とやらのことを思い出したのだろう。感触と、色彩と、嗅覚と、耳をつんざく警告音。それに嫌と言うほど覚えがある私はもうこれ以上この話題を続けることは得策ではないと判断した。人には誰だって裏表はあるけれど、この子の場合は一貫しているから逆に危うい。





「伊作くん、薬草が足りなくなったらまたいつでも、遠慮なく私を使ってくれ。」

「えっ?…そんな、あなたをそこまで使うわけには…」

「良いんだよ。私は私なりに考えて行動している。貸しを作るのは好きじゃないんだ」

「それじゃあ、」





彼が何か言おうとしたその時、「伊作!」という叫び声と共に医務室の扉が勢いよく開いた。姿を消すことも出来たけれど、新しい出会いへの好奇心がそれを応とはしなかった。勢いよく扉を開いたのは伊作くんや潮江くんと同じ色を纏った、鋭い目付きの男の子。私の存在を視認するや否や「曲者か!?」と言い放ちながら鉄双節棍を構える。





「留三郎、こちらはタソガレドキ忍軍の、雑渡さんの部下の方だよ。ああ、えっと。こっちは食満留三郎、さっき話していた僕の同室の級友です。」

「食満くん、はじめまして。雑渡の部下だ。」

「…くの一が、か?」

「そうだよ」

「伊作に何の用だ」

「何、君には関係のない、私事だ」






構えていた武器こそ下ろしたが、彼の視線は不信感を隠そうともしていなかった。なるほど、潮江くんと同じような芯の持ち主らしい。最も、忍術学園の6年生ともなるとこれが普通で、特殊なのは伊作くんの方かもしれない。だが最高学年と言えど、私から見ればまだ子どもで。侮るわけではないが睨みつけられた所で、全く効き目はないのだ。だがその、余りにも鋭い眼光に免じて今日の所は姿を消すことにしよう。





「それじゃあね、伊作くん、食満くん」

「……。」

「はい、お気をつけて」





ああ、これだから面白い。組頭が忍術学園に入り浸るのを私は咎められなくなるなぁなんて考える帰り道の途中に口元が緩む。沸き上がる好奇心と興味。もっともっと観察したくなる。こんな風に思えるのは私が歳を重ねたからなのだろうか。あの子達のように真っ直ぐ、がむしゃらに足掻いた過去が確かに存在しているからこそ尚更眩しく思えるのかもしれない。




(興味と未知)







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