小説 | ナノ






忍術学園の裏にある山の中、道ならぬ道を拓くため身の丈まである草を掻き分ける。月明かりと自分の目を頼りに進みながら、伊作くんに貰った紙に書かれた薬草の内容を頭の中で何度も反芻した。今夜採取しようとしているそれは一カ所に密集しているわけではなく、所々に生えているらしい。少々時間がかかってしまうことを覚悟せねばならないな、と思いながら見上げた空には満天の星と浮かぶ満月。歌人ならば歌を詠まずにはいられないであろうほどには粋な光景だ。

そんな中で、私しかいないと思っていた静かな空間に人の気配が現れて空気が動いたから咄嗟に大きな木の幹に隠れて息を殺す。すぐに自分の気配は消したけれど、もう気付かれているかもしれない。相手の正体はわからなかったが、こんな時間に山中にいるのだから農民ではないだろう。それよりは夜盗か山賊か、はたまた同業者か。何にせよ今は関わりたくない一心だ。こんなに月が綺麗な夜に、仕事でもないのに人を殺めたくはない。けれど案の定気付かれていた様で、鋭い声が静かな空間に突き刺さった。





「そこにいるのは誰だ、出てきやがれ」

「…面倒だなぁ、ねえ、…君が何者かは知らないけれど、見逃してくれないか?」

「な…っ、女?」

「だから何だって言うんだ?」





ひやり、汗が首筋に伝う。足音は聞こえないけれど一歩一歩、確実に視線で私を捕らえながら「そいつ」は近付いてくる。たとえ逃げたとしても、鬼ごっこになるにだけだ。そう思った矢先に、視界に入ってきたのは月明かりに浮かび上がる、男の影。その頭部には何故か二本の鋭い角があった。鬼ごっこどころか、本物の鬼に出逢ってしまったのか?一瞬でもそんなふうに考えた自分が馬鹿らしくて喉の奥で一笑する。妖怪なんぞにこんな場所で、こんな簡単に出逢ってたまるか。しかし、笑ってしまったのが伝わったらしく彼は不機嫌さをあらわにした。





「何、笑ってやがる」

「…いや?鬼に出逢っちゃったかなって思ってね」

「鬼?」

「影に角が生えているよ」

「…苦無だ」





彼は頭に着いていた角、もとい苦無を手に取って、私のいる木の幹を目掛けて投げた。ただの威嚇攻撃だと解ったから、最低限の動きでそれをかわす。さて、確定した。夜盗でも山賊でも妖でもない、相手は私と同じ忍者だ。身を翻して姿勢を低く、地面を思い切り蹴り飛ばして背後に回れば豪快に腕を振り回されて距離を取られる。ああ、運の悪いことに、相手はなかなか骨があるようだ。





「何をしていた?てめぇは、忍術学園を狙う刺客か?」

「…そう、そっか。ここは学園の裏山だものね」

「もう一度聞く。お前は、何者だ」





一歩間違えれば怪我じゃ済まないような殺伐とした雰囲気。そんな中で相手の姿をやっと正面から確認し、もうひとつの疑惑を確信に変えた。明るい場所で見ればきっと伊作くんと同じ色なのであろう忍装束は、忍術学園の、最高学年の証。それにしても面白い。忍たまの中にも全身で受け止めてなお余るほどの殺気を放てる人物がいるのか。ならばそれに免じて、答えてあげよう。





「……曲者、かな」

「っ…雑渡の…!」

「おや、うちの組頭は随分と有名人なんだね」





一瞬の隙を、見逃したりはしない。音もなく首元を手刀で一撃。ぐらりと重心を崩したのを確認して口布を引き上げ、懐から仕込み扇を出してひらり、一舞させれば風に乗った薬を思い切り吸い込んだであろう彼はガクンと膝をついた。危ないよ、なんて言って体を支えてやればこれ以上ないくらいの嫌悪と警戒を込めた瞳でギラギラと睨みつけられる。そんな目で見られても、この薬の効力は少なくとも一刻以上消えはしない。意識も精神にも影響を与えず、ただただ身体だけを麻痺させ自由を奪う趣味の悪い毒だ。本来ならば拷問などに用いられるこれは、詰まるところ相手の心を折ることを目的としている。何しろ、どんなことをされても朦朧とすることすら許されないのだ。





「動けないでしょ、あ、無理しようとすれば余計に毒が回るよ」

「…っ、てめぇ…」

「いや、別に君をどうこうしようとは思ってなかったんだけど、そんな殺気放たれたら流石にちょっと」

「…どうするつもりだ」

「どうもしやしないさ。私はただ伊作くんに頼まれて薬草を取りにきただけだからね。ああ、君さえ良ければ雑談でもしようか?」





伊作くんの名前が出た途端、彼の眉がぴくりと動いた。そうか、親しいのか。体の自由を奪われてなお、獣のような瞳で睨みつけてくる彼に少しだけ興味が沸いた。そうだ、私もこの位の年齢の頃はこの様な目をしていた。周りを見ることもなく、ただ目先にあるものを無鉄砲に追い続けていたあの頃はタソガレドキ忍軍の四つの小隊のどこにも属さず単独で動く女を、渋い目で見る古参もまだ多かった。ただ信ずる道のためにひた走っていた少し苦々しいあの日を思い出せば今はただ、懐かしく思う。





「成程、青いな」

「何だと…?」

「私が女だと知り、一瞬だが動揺しただろう?」

「……っ」

「侮るな。私に対してこんな有様では組頭には一生かかっても勝てんよ」





白々しい笑顔を一つ、子どもが受け止めるには重い言葉と一緒に投げ付ける。余計な事だとしても告げることを決めたのは昔の自分への餞だったのかもしれない。迷うな、捨てるな、立ち向かって、生きろ。そんな感情は本来、偶然出会った子供に与えるものではないけれど。濃い隈をぐり、と指でなぞってやれば眉間に皺を寄せて歯を食いしばる。そうだよな悔しいよな、見た所、血気盛んで自信もあった様な素振りだったものね。けれどその驕りだって、危ないんだ。退くことの大切さを彼はまだ知らないのだろうか。





「…てめぇを越えなけりゃ、追いつかねぇってのか?」

「到底ね。そうだなぁ、また機会があったら遠慮なく向かっておいで。」

「あ?」

「何、特に意味はない気まぐれだよ。若い力を育ててやるのは年上の役目だろう?」

「………。」

「じゃあ、またね」





こちらの真意を探るかのように睨みつけてくる彼に胡散臭いであろう笑顔を残して次の薬草採取場所へ向かう。使える時間は今夜だけだし、利口な配分をしなくてはならならない。薬の効果は一刻程で解けるだろうし、よっぽど運が悪くなければこの時間に襲われたりしないだろう。心の中でほんの少し、また会えることに期待しながら地面を蹴り、飛び上がれば冷たい夜風が頬を撫でた。





(月夜と鍛練)







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