慣れた様子で案内された「忍術学園」。忍び込むのかと思いきや、出された入門表に組頭はさらさらとサインをして堂々と入り込んだ。それで良いのか忍術学園。今は仕事中ではないので取り繕うこともせずに疑いの眼を向けたが目の前の事務職の男は能天気な笑みを浮かべるだけだった。
「こんな簡単に入れるなんて、どうなってるんですかこの学園」
「さあ?相当自信があるんじゃない?」
「舐められてますね」
そんな怖い顔しないの、と頬をぷにっとつままれた。そうだ、ここは彼のお気に入りの場所なのだった。ならば様子見に徹しなければ。そう思った矢先に彼は「じゃあ私は行くね!」とでも言いたげに手を振って、先程とは比べものにならない速さで消えた。行き先はわかっている、多分彼のお気に入りであろう保健室だ。だがしかし場所を知らない。ああ、仕方ない。誰にも見つからないように学園内をうろついてどうにか見つけるしかなさそうだ。
早くも着いてきたことに後悔しながら、小さな溜息をつく。屋根の上、草の中。好都合なことに隠れる場所には困らなさそうだし何とか大丈夫だろう。勢いよく地面を蹴り、息を殺して身を隠す。けれど眼前で繰り広げられるのは似つかわしくない、少年達のほのぼのとした遊びの光景。はて、ここは本当に忍者を養成する場所なのだろうか。
「あー、もう時間になっちゃうよぅ」
「本当だー!」
「また土井先生に怒られる!」
少年特有の高い声が楽しそうにきゃっきゃと笑う。聞いたことがある名前に興味が沸いた。土井先生。土井、半助。確か尊奈門が幾度も勝負を挑んでいる男だ。噂によれば尊奈門は文房具で倒されたらしい。全く、だらしのない奴。だがしかし尊奈門とは昔からずっと一緒に育ってきたのだからあいつの強さは知っているつもりだ。尊奈門は決して弱くない。もしかしたらかく言う私も土井先生とやらが相手なら文房具で倒されてしまうかもしれないなぁ、なんて。ただ一つ私が尊奈門と違うのは相手の力量を見誤ったりしないこと。だがしかし強い者を一目見たいと願うという自分の欲には勝てそうもない。がさり、動こうとしたら微かな物音を立ててしまった。そうしたら、耳元で響く声が一つ。
「何をしてるんだ?」
「!?」
すぐに距離を取り、臨戦体勢へ。だがしかしここはあくまで忍者学園、攻撃は、されない限りはしない。声をかけてきた男をジッと観察してみる。おそらく教職員の若い男。あちらも私を観察しているらしく、無言。並大抵の相手に対してなら逃げることくらい朝飯前だけど駄目だ、この男、隙がない。面倒臭いけれど、ここは正攻法しかなさそうだ。
「…驚かせて申し訳ございません、タソガレドキ忍軍の者です。組頭を引き取りに参りました。」
「ああ…また来てるんだ」
「はい」
私の言葉を聞いて、目の前の男は驚くほどあっさりと警戒を解いて苦笑を漏らした。それから私のことを真っ直ぐに見て、あろうことか手を差し出してくる。何だこの学園は。何かが徹底的におかしい。手を取ろうか逡巡しているとこちらの気持ちを察したように「そうだよね、ごめん」だなんて言って謝られてしまった。
「…間違えていたらごめんなさい。貴方が、土井半助…さん、ですか?」
「よく知っているね」
「やっぱり」
「君の所の組頭は私のことを話したの?」
「組頭…というよりその、尊奈門が」
「ああ…」
土井半助。思ったよりも話しやすくて常識のある人物だ。柔らかい笑顔の中に確かな知性が見え隠れしている。尊奈門は、単純に文房具で負けて悔しいだけでなく男としての嫉妬をしているのかもしれない。自分より優れているという事実を見たくなくて、様々な言葉を使って蓋をする、なんてことは珍しくもなんともないだろう。奴が意地っ張りなのは今に始まったことでもない。
「…いつか私も、お手合わせを願っても?」
「うーん…ご期待に沿えるかはわからないよ。私はただの、先生だからね」
「はは、ご謙遜を」
では頑張って下さいと軽く頭を下げて背を向けて歩き出す彼に、一つだけ聞かなければならなかったことを思い出して声を掛けた。「保健室の場所、知っていますか?」と。彼は苦笑を漏らしながらも丁寧に場所を教えてくれる。流石は人に学を授ける側の人間だ、説明が簡潔かつ、わかりやすい。
礼を言って歩き出す。いざ、保健室へ。
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