小説 | ナノ





※数年後

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もぞり。仄かな明るさの中で瞼を開く。暗さの中にぼんやりとした輪郭を見つけて、手を伸ばしてみたけれど掴めない。その存在は私が起きたことに気が付いたようで、人の良さそうな声で「おはよう」と声を掛けてきた。数刻前まで体を重ねていたことなんて無かったとでも言うように、声の調子も笑顔もいつもと何も変わらない。

全く持って、予想通り。最初からわかっていたことだった。寂しいと言えば隙間を埋めようとはしてくれる。それを乞うのが例えば私じゃなくたって同じ。老若男女の境なく、区別もなく、きっと誰だとしても彼の「特別」にはなれないのだろう。最中の甘言なんて、時間に飲み込まれて消えていく。





「…誰にでも優しいんだね、伊作って」

「開口一番にそれかい?」

「だってそうでしょ」





鋭い皮肉に、ただ苦笑いだけを返す。本当は彼だって矛盾を繰り返す人の子の心を治す術なんてないことを知っているのだろう。結局の所、彼はひたすらに優しいのだ。何一つ放っておけない、乞われたら助ける。それが、本当の意味で本人のためにならないとしても。更に救いようのない状態に陥って依存してしまったらどうするのだろう。それさえ受け入れてくれるのだろうか。なんとなく、そんな気がした。





「…ありがとう」

「寂しくなくなった?」

「今は」

「そう、それなら良かった。」





浮かべられた笑顔は屈託なくて、心の中がどろりと歪んでいく。手を伸ばせば触れられるのに、肝心な所は見えない。肌を重ねた所で、心は重ねられない。もどかしくて切なくて悲しい思いをするのは自分なのに、それでも焦がれる。浅ましい。そうだよ、今は、今でしかない。離れて一刻過ぎたらきっと再び寂しさに飲み込まれる。埋まりはしない。





「本当に忍者に向いてないよね」

「ん?忍務中は優しくなんてないよ」

「何か想像出来ない、穴に落ちたりしてそう」

「…まあ否定は出来ない、かな。」





何を言ったとしても彼は怒ったりしない。ただただ柔らかな笑顔でかわされるだけだ。私なんて感情を揺さぶるに値しない取るに足らない存在なのだと遠回しに示されているように思えてズキっと確かに何かが痛む。怒ってくれても良いのに、なんて。決して口には出せない感情だ。だってこれ以上を求めたら、それこそ見捨てられてしまいそうで。窓を見遣れば少しずつ白んでくる空。夜が明ければ左様なら。





「まだ一緒にいてって言ったら、どうする?」

「…言わないだろ?そんなこと。」

「うん、そんな女々しいことは言わないけど。もしもの話」





伊作は何も答えないで、ただただ曖昧に口角を上げながら私の髪を梳いた。瞼を閉じれば一段とその心地を感じられる。頼りない幸福感に今はただ溺れてしまいたいから、私もこの話題に関してはもう触れることはない。不毛すぎる恋だ。私が私であればあるほど、この恋路は困難になっていく。欲求が増えれば増えるほど叶わないことも積み上がる。見透かされている気もするけれどせめてもの強がり。恋しいなんて、言ってなんかやるものか。





「寂しくなったらまた、いつでもおいでよ。」

「そんなこと言って良いの?いつ死んでもおかしくないのに」

「そうだね、死んだらもう君の寂しさを埋めてあげられないかな。ちょっと残念だけど」

「残念?」

「うん」





浅く首を縦に振る、彼の真意を知る日など私には終ぞ来ないのだろう。思わせ振りな言葉に期待してみたとして、辛いのは自分。結局の所、惚れた方の負け。忍者なんて所詮は使い捨ての身なのだから、彼がどこかで命を落としてもそれを私が知ることはない。なんだか突然、彼の熱が尊いものに思えてきて離すのが惜しくなる。呼吸の一つ一つを愛おしく感じるなんて笑えない。





「残念、だよ」





言い聞かせるように吐き出したその言葉の奥の奥、そこに何があるのか私は知らない。それでも二度目に伸ばした手はしっかりと絡め取られた。真に残念なことながら優しい優しい彼は、人間の慈しみ方を少し間違えてしまっている。だがそれも確かなことではない。あくまで私が感じたことだけだ。でもきっとそれで良い。安い言葉と渇いた笑顔が、今の私達には似合っているのだろう。





「伊作と過ごすこんな時間、嫌いじゃないよ。」





それでも、ぽつり、本当の言葉。空気に浮かべた途端に消えていく、今だけを表した言葉。曖昧な笑顔の裏側に、確かに寂しさに似た何かが滲んだ気がして胸の奥が締め上げられた。そんな切なげに笑わないでほしい。思いっ切り感情を表面に出して、諦めさせてほしいのに。






(彼の腕の中で見る夢たるや、)




それでもきっと、私はまた彼を求めて手を伸ばしてしまうんだろう。窓の外では世界が新しい朝を迎えようとしていた。



END



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