「精市」


そう笑いかけてくれるみょうじが昔から特別な存在で、小さい頃は何気なかった気持ちがどんどん大きくなっていった。
好きだって気付くのに時間はかからなかったし、いつかこの気持ちを伝えられたらいいと思ってた。
幼なじみは幼なじみ以上の関係にはなれないって聞いたけどそんなの信じないよ?


俺はみょうじが好きだ。それでいいじゃないか。



「ただの…幼なじみだよ…」



けれど、それでは通らない事を知る。





*





今日は部活がない。
早く帰れる、そう思ったが下校のチャイムが鳴ったと同時に女子に捕まった。
こんな事してるうちにみょうじは友達と笑いながら教室を出て行った。


「何かな?」


この子達は見たことがある。
いつもテニスコートの回りにいる子達だ。
正直、毎回毎回練習風景を見に来て回りで騒ぐ姿は余り好感が持てるとは言えない。



「幸村君ってみょうじちゃんと付き合ってるの?」

「え?」


思いがけない質問に目を丸くする。


「……どうして?」

「いや、よく一緒にいるの見るからさー。みんなそうなんじゃないかって言ってるよ」


正直嬉しくてそのままそうだよ、と言ってしまおうかとも思った。


「でも幸村君前も彼女説なかった?」


―――だめだ…

刹那、我に返る。
俺は何のために今までをこうしてきた?


「あったねー。そうそう、マネージャーやってた子」


以前、こんな噂をされた。
実際には付き合ってなかったものの、たまたま帰りが一緒になったマネージャーと俺が付き合ってる、と。
しかしその人は今ここにいない。転校したのだ。
イジメを理由に。


「まぁ、幸村君のファン多いしね」


イジメは酷い物だったと、その人が転校してから聞いた。
俺は何も知らなかった。

俺と関わった女子はこうなるのか?
みょうじも?
まだ幼なじみならいいのかもしれない。
俺がこの気持ちを伝えたら?
付き合ったら?フラれたら?
きっとどちらでも被害を受けるのはみょうじだ。


「幸村君とみょうじさんって付き合ってるの?」



「みょうじはただの…幼なじみだよ…」


気持ちを押し殺して聞こえるように告げた。
痛い、胸が無性に熱くなった。

ふ、と顔を廊下側に向けるとそこにいた人と目が合った。
その姿に目を見開く。


「みょうじっ」


そこにいたのは今日何度も視界に入れた彼女。
大切で、守りたくて、俺のせいで悲しませたくなくて。

みょうじは俺と目が合うと直ぐに目を伏せ走り出した。


「みょうじっ!!」


教室を飛び出し無我夢中で走る。
みょうじの背中を追いかけどんどん近くなる姿。
腕を掴み引き止める。


沈黙。
何も言えない。


そうだ、みょうじにとって俺はただの幼なじみなのかもしれない。
だったらこのままでいいんじゃないか。
力を入れていた手を緩めるとみょうじが口を開いた。



「私が今までどんな気持ちで精市の隣にいたか知らないでしょ…」
「え…」


振り返ったみょうじの目には涙が溜まっている。
潤んだ瞳に写る俺は歪んでいた。


「精市にとっては『ただの』幼なじみでも……私にとっては……好きな人だった…」




―――ちょっと待って

―――あの言葉は嘘なんだ

―――君を守るための

―――守りたかった

―――俺のせいで傷ついてほしくなかった

―――だからっ



心の叫びは声にならない。



「……迷惑なら幼なじみって関係も捨ててくれてかまわないから…」


「好きだった、精市が」


みょうじは俺に背を向け歩き出した。
どんどん小さくなる背中を見つめる事しかできない。
足に根が生えたみたいに動かない。






あれから何年経っただろうか?

まだ、この痛みは消えない。
もう君は傍にいないのに…
 

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