「次の授業何だっけ?」
「化学」
「………」

幸村君は化学が苦手らしい。
なんでも入院してた頃を思い出すとか。
幸村君が入院してたのは中学生の頃。
私は高校から外部受験して立海に入ったから、入院中のことは知らない。
大変だった、ってことはいろんな人からよく聞いた。
幸村君の口からは聞いてないけど。


「とりあえず実験室まで行こ」
「うん」

あっさりと頷き教科書とノートを持ち実験室まで向かう幸村君。
私はそのあとをついて行った。














おとなしく実験室の椅子についた幸村君は何も言わずじっ、と机を見つめている。
…と思えば急に声を発した。


「なまえ、化学好き?」
「あんまり好きじゃないけど…」
「じゃあ、化学得意?」
「…赤点は取らない」
「ならいいや」


チャイムが鳴り先生が入ってくる。


「はい、今日の授業はー「先生」…どうした?幸村」


先生の話を遮るようにして声を上げた幸村君。
幸村君の声はよく通る。


「体調悪いんで保健室で休みます。あと、なまえも付き添いで抜けます」
「んな、馬鹿な」


私の華麗なつっこみに耳も貸さず、私の手を引き実験室を出た幸村君。
実験室から「あぁ…」という先生の肯定文も聞こえた。

そのまま幸村君は保健室とは逆方向に歩く。
この方向は屋上だな。
今日は暖かいから屋上言っても寒くないと思う。


何も言わずに付いて行くのは幸村君が何も言わないから。









屋上はやっぱり暖かかった。
幸村君が日向に腰を下ろしたので私も隣に座った。


「暖かいね」
「うん、空もきれいだよ」


上を向くと雲ひとつない青空が広がっていた。



「…理科室って薬剤がたくさん置いてあるだろ?だから…入院してたこと思い出すんだよね」
「うん…」
「聞いてくれるかな?」
「幸村君が話してくれるなら」


幸村君のほうを向くと相変わらず幸村君は空を見上げていた。


「中2の秋くらいだったかな?練習帰りの駅で倒れたんだよね。どんどん体が動かなくなってった。…すごい怖かった……」


それは仁王君が話してるのを聞いたことがある。
急に倒れてどうしたらいいのか分からなかった、って言ってた。


「で、そこから入院。毎日暇で暇で。だけど子供が遊び相手になってくれたな」
「へぇ、幸村君でも子供と戯れるんだ」
「見えない?」
「まったく」


幸村君は目を細めて笑う。
そして悲しげな顔になる。


「何日くらい経ったかな…。医者が、もう俺がテニス出来ないって言ってるの聞いちゃってさ。その時の気持ちは今でも覚えてるよ。
なんとも言えない感情が胸から湧き上がって来るて、吐き出しそうになる。…俺はテニスが出来ないんだ。分かってても冷静になれない。……怒りしかなかったなぁ…。
その怒りをテニス部のみんなに向けたりもした。今思えば本当に馬鹿だったわ、俺」
「…2連覇してて3連覇目指してた時?」
「そうそう。だからよけいにさ。テニス出来ない俺の価値が見出せなくなった。怖かった。すごく怖かった」
「…うん」
「で、そんな日が続いて俺真田に殴られたんだよ」
「え」


今知ってる真田君は幸村君なんて絶対に殴れません、ってイメージだったから驚いた。
幸村君笑顔でトップに君臨してるもんな…。
でも当時も絶対そんな感じだったんだろうな。
それでも真田君はそんな幸村君を見かねて殴った。
真田君の仲間思いが受け取れる。


「それで、まだ頑張ればいけるんじゃないか、って思えてね。そこから毎日リハビリだよ。毎日、毎日、リハビリ施設のとこに行って…で迎えた決勝戦。ここからはなまえも知ってるか」
「…うん……」



友達の学校の応援で行った全国大会。
友達は決勝戦まで残れなかったものの最後まで見ていこうと思い見た試合。
それが幸村君達の試合だった。

2対2で迎えた幸村君の試合。
途中まではリードしていたものの最終的には……。


「でもかっこよかったよ、幸村君」
「切羽詰ってて周り見えてなかった」
「それでもかっこよかった。こんな人が近くにいてくれたら何か変わるって思ったもん」


途端、肩に感じる重み。
幸村君の髪の毛が頬に当たってくすぐったい。


「…なまえに会えてよかったな…」
「私も幸村君に会えてよかったよ」


授業終わりのチャイムがなる。
幸村君は「次からは科学に出る」と約束してくれた。
 

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