「あ、柳君」
「今帰りなのか?」
「うん。あれ?今日テニス部ないの?」
「あぁ。……部活がない日でも精市と一緒に帰らないとは…」
「……幸村君が部活ないって知らなかったもん」
「…そうか」
下駄箱で一緒になった柳君と駅まで一緒に歩く事になった。
そして駅前で見た光景。
「……幸村君…?」
それは笑いながら葵衣ちゃんを見て「またよろしくね」と言っている幸村君の姿だった。
「幸村君…だよね?」
葵衣ちゃんと一緒にいる。
『伝えたい』
「私…、最近幸村君に関わる事少なかったから…」
「落ち着け。何か事情があったのかもしれない。幸村がお前の事を―――」
「あの二人が……より戻しちゃったらどうしよう…っ」
幸村君はこっちに気付かず葵衣ちゃんに笑顔を向け続ける。
葵衣ちゃんの表情はよく見えないが唯一見える口元は笑っていた。
「が、学校に忘れ物してきちゃった…。取ってくるっ」
すぐさま踵を返し学校へ戻る。
葵衣ちゃんの言葉が頭の中でリピートする。
よろしくね、って何?
これから?
付き合うの?
足を止める。
「…わ…たしは……?」
今まで、幸村君が告白される事なんてたくさんあった。
けど、幸村君はちゃんと私がいるって言ってくれて。
でも今回は訳が違う。
葵衣ちゃんは元々幸村君が必要としてた人なんだ。
幸村君が好きだった人なんだ。
足を一歩ずつ前へ進ませる。
今学校に行ったら誰か悩みを話せる人はいるだろうか?
今まで悩みって誰に相談してったけ…
そっか、幸村君だ。
真剣に悩みを聞いてくれて最後は大丈夫、って笑ってくれる。
そんな幸村君の笑顔が頭に残って。
けど、その笑顔を今は葵衣ちゃんに向けてて…
「……っ…」
急に涙が止まらなくなった。
気が付いたら教室に着いていた。
でも教室に用なんてない。
もちろん忘れ物なんて嘘だ。
多分バレバレの。
いつも置いてってる本でも持って帰ろうかな、そう思い自分の机まで行き扉に背を向けた。
「なまえっ!!」
私が少し開けた扉が全部開く音がした。
そしてきっとこの声は幸村君だ。
何度も近くで聞いてきたからわかる。
この人には涙を見られたくない。
振り返る事が出来ずにそのまま固まる。
幸村君にしては珍しく息を切らしているようだ。
さっきまで駅にいたのに。
駅から学校までは結構ある。
「なまえ…」
息を整えた幸村君がこちらがわに歩いてくる足音がした。
その足音が私の真後ろで止まっても私は振り返ることができない。
「こっち向いて」
「……ごめん」
幸村君は私の肩を掴み無理矢理目を合わせる。
幸村君と目が合うと幸村君は悲しそうな顔をしてるように見えた。
そんな幸村君の顔を見て思わず目を反らしてしまう。
幸村君と話をするのだってこう考えて見れば久しぶりだ。
「…何で目反らすの……」
少しかすれた声で呟く幸村君。
その声が喉をくすぐる。
「…どうしたの?」
「こっちの台詞なんだけど」
嫌な女にはなりたくなかった。
どうせ別れるんだったらいい子だった、って思われてたい。
「……葵衣ちゃんは?」
けど、そんな綺麗事私には無理だった。
「…葵衣の事知ってたの?」
葵依ちゃんのことを名前で呼ぶ幸村君を見て涙がまた溜まる。
それを流さないようにぐっと堪えた。
「……最近会って、幸村君の彼女だった、って知った」
幸村君の顔、今は見てないけどきっと困った顔してるんだろうな。
すごく喉元が痛い。
幸村君にだけは嫌われたくない。
「……幸村君言うことあるなら………」
そう言いながら幸村君の顔を見た瞬間、何かが切れた音がした。
幸村君の制服を握り俯く。
「…やだ…っ……」
そう呟いてからは一瞬で。
気が付けば幸村君の腕の中にいた。
「…続けて」
顔も見えない幸村君の一言に胸の中の気持ちが涙とともに溢れる。
「…幸村君の事だから、彼女くらいいたかもしれない。…いや、いない方がおかしいっていうか…っ…。付き合ってるなら抱きしめたり、キスしたり…、当たり前なのに…当たり前の事なのに……」
当たり前なのに、
「幸村君の過去にまで嫉妬しちゃう私っがいて…っ…」
止められなくなった涙が次から次へと溢れてくる。
「そんなの当たり前だよ」
幸村君の言葉を聞いた瞬間、幸村君の顔が目の前にあった。
唇に触れる感触でキスされてるんだとわかった。
唇が離れると幸村君は目を細めて笑う。
「俺だって嫉妬する。常にしてるかも。付き合ってたら当たり前だよ。好きなんだから」
幸村が優しく声をかけてくれる。
こうゆう幸村君が私は好きで。
どうしようもないくらい好きなのに。
「駅で見てたんだよね」
「……」
「柳に聞いたけど」
「…これからもよろしくって…」
「そこだけ聞いてたの?」
「うん…」
「俺にはなまえがいるから、って言ったらこれからも友達としてでも仲良くしてほしい、って言われたからよろしくって言っただけだから」
「………うん」
「納得いかない?」
「…ううん」
「どんだけ告白されても全員眼中にないから」
「……うん」
「俺にはなまえだけだ、って事だからね」
「…うん」
「一人で溜め込まれるのが1番辛いよ。何でも話して」
「……うんっ」
「はい、決まり」
そうやって幸村君はぎゅっともう一度抱きしめてくれた。
それがすごく特別なものに思えた。