その先へ | ナノ
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 言われて視線を向けるが、例の番犬は机に突っ伏して寝ているようだった。それを見た誠也は笑顔で寝ている生徒に近づくと問答無用で殴った。体罰だと思うけどいいのだろうか。

「いってぇ!!!何すんだコラ!」

「あ?てめえはいつもいつも俺の前で寝るとはいい度胸じゃねえか、あぁ?」

「…っ、だって誠也さんだとは思わないじゃん?いつも自分では起こさないくせにさぁ。」

「今日は特別に決まってんだろ。」

 寝起きから誠也さんに凄まれて息を詰めた生徒は、そこでようやく頭が覚醒してきたのか周りを見回してからようやく俺の存在に気づいた。

「…優雨?」

「なあに?」

 名前を呼ばれたから返事をしたのだが、彼は数秒固まってから目を見開き、ガタンっと派手な音を立てて席から立ちあがった。

「は!?なんでこんなとこ来てんだよ!!危ねえだろうが!」

「あー、いろいろあったの〜。それより、荘ちゃんここの学校だったんだぁ?」

「「荘ちゃん!!?」」

 クラスメイトが心底驚いたように荘ちゃんこと、嶋田荘介を見る。見た目からして明らかに不良で関わりたくないような男のあだ名が荘ちゃん。まあ、驚くのも無理はない。

「てめえらに呼ばせるほど安くはねえぞ。」

 案の定、心底不快感を顕にした荘ちゃんはクラスメイトが萎縮するほど睨みあげた。怖いからやめてあげて。

「優雨」

 来い、と目だけで言われて俺は荘ちゃんの元に向かう。優しい手が頭を撫で、それから体のあちこちを触り始めるのも慣れたものだ。それが、怪我をしてないか確かめてるってことを俺はちゃんと知っている。だから気が済むまでやらせてあげた。

「頼むからさ、マジで気をつけてよ?お前、簡単にヤられそう」

 一通り怪我がないことを確認した荘ちゃんが心配そうな声で言うから思わず笑ってしまう。俺の周りには心配性が多いな。

「荘ちゃん下品なこと言わないでよぉ。」

「うるせぇ。」

 ため息混じりの言葉に言い返したりしながら喋っていれば、さっさと座れと誠也から注意が飛んだので席に着く。周りの視線がチラチラと集まるが別に気にはならなかった。

「いいかてめぇら、何度も言うが優雨になんかしたらぶっ殺すぞ。以上。」

 それだけ言うと誠也はあっさりと教室を出ていってしまった。HRまともじゃない。俺のせいかもしれないけれど。
 誠也さんが居なくなった途端ザワザワと教室はざわめき立ち視線が嫌という程突き刺さる。興味本位からのものはまだ良いが値踏みするような視線も混ざっていて頂けない。

「お前さぁ、本当心臓に悪いから。紅成は知ってんの?」

 隣の席で突っ伏すようにしながら俺を見上げる荘ちゃんの髪は茶髪だが根元の黒が目立っていた。きっと染めてから放置し続けているのだろう。

「うん、知ってて承諾してくれたよぉ?」

「ありえねーわ。守れねえ所に放り出すとか恋人のやることじゃねえだろ。」

 呆れたような物言いに困ったような、それでも恋人を悪く言う言葉に咎めるような視線を向ければ荘ちゃんは苦笑した。

「恋人だからだよぉ。俺がちゃんと、真面目に卒業したら一緒に住んでいいって言われたし〜。」

「出来んのかよ?」

 出来ればいい。そうすれば俺はすごく幸せだと思う。俺の行いで二人の未来が簡単に変わってしまうのだ。絶対に問題ごとなんてゴメンだ。

「だからさぁ、守ってねぇ?」

「守られるタマかよ。」

 そのとおりだ。俺は決して弱くはない。どちらかと言えばかなり強いほうだと思うし、実質影では狂犬と呼ばれる荘ちゃんよりは喧嘩も強い。

「傍に居て、だめそうだったらヒントをちょうだい?」

「…そこで助けてって言わないところが優雨だよな。」

「助けなんかいらないよぉ。俺は見守ってもらえればそれで十分だもん。」

 沢山の人に助けられてきたのだ。ずっとそうやって生きてきてしまったから、出来る限りのことを自分でしたいと思うのは傲慢なのだろうか。

「ねえ、月宮くんだよね?今の話聞こえちゃったけど、恋人いるってマジ?」

 突然俺の前の席に座っていた生徒が話に入り込む。毛先だけ紫に染まった髪は逆に目立つ。うん、コイツも不良だ。

「優雨、近付くな。俺らの敵だから。」

「あぁ、敵対チームなのぉ?ダメだよぉ、喧嘩したらぁ。」

「…お前だけには言われたくねえな。」

 呆れ顔で返されてしまった。俺は喧嘩してるんじゃなくて売られたから買っているだけだ。勝てると思うからそんな真似ができるのだ。舐めてかかってきた相手に手抜きする程温くはない。

「…え、月宮くん喧嘩できるの?」

「出来るなんてもんじゃねえよ、俺より強い。」

「「え!?」」

 クラスメイトが驚いたように俺を見たのが分かる。ていうか、みんな聞き耳立ててたのね。

「でも俺喧嘩嫌いだからさぁ。売られたらそりゃ買ってあげるけれど、時と場合だよぉ?」

 要するは気分だ。だがしかし、学校内で喧嘩をすることはないだろう。目指すものは成績優秀者。授業も真面目に出るつもりだし、学校生活で喧嘩なんて不要なものだ。

「…ていうかさぁ、荘ちゃんの敵って言われても俺はチーム入ってないから関係ないよねぇ。」

「彼氏のチームだろうが。」

「関係ないよ。紅は俺を引き入れたいみたいだけど俺はチームなんて重たいもの背負っていけないもん。…これ以上何を背負えっていうのー?」

 背負える物は背負っているつもりで、それでも何度も潰れかけてはそれを支えられてきた。ギリギリだってことを紅も蓮も誠也も理解してくれている。そのうえで、俺の好きなようにさせてくれるのだ。見守るし手出しもする、だけど自由にやらせて強制はしない。あの人たちはそういう人達だ。だからそれに甘えているのは否めないが、少しくらいなら許されると思う。

「そんなことよりもぉ、名前教えてくれませんかぁ?」

「俺は尾野維月。これでも荘介の幼馴染みなんだけど、聞いたとおり一応敵チームね。まあ、敵対してるわけじゃないんだけどね。」

 話に入ってきていた男は長めの髪の毛を弄りながらふわりと笑った。人懐っこい笑顔は裏表がなさそうに見える。

「あ?敵対だろうが。」

「ありゃ牽制って言うんだ。ほかのヤバイとこ来たら協力してんだろうが。」

「してやってんだ感謝しろよ。」

「なんでお前が偉そうなんだ。指示してんのはお前じゃねえだろ。」

 何やら複雑らしいが俺には関係ない。二人が話しているのはお互いの所属する不良チームのことだ。俺の彼氏である紅成のチームはルベルといい、維月の所属するチームはアベルという。敵対と言ってもこの二人が所属するチームの頭は兄弟であり仲は良かったり良くなかったりらしい。敵対していても連携だって簡単に取れる、そんなチームだ。

 俺は兄である紅成のチームの連中にはもう驚くほど世話になっているが弟のチームのアベルとは一切の関わりを持っていなかった。ていうか、弟に会ったことすらない。それでも仲が悪いみたいに言いながら紅が弟を嫌っていないと分かったのは楽しそうに弟の話をしている姿を何度も見てきたからだ。

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