金木犀の香る夜 | ナノ
 2

中華セットと本格的なカレーを注文してから俺も依頼をチェックする。ここは端のソファーだから画面を見られる心配はない。

「っわ、」

プライベートのケータイを取り出した途端鳴り出したそれに慌てて出てしまう。

「はい?」

『今日来い』

「…は?夏樹?え、今日?」

『飯、いくぞ』

それだけ告げてぶつっと切れた携帯に苦笑してしまう。日本語を喋れないのか、なんて思ってしまうくらいには言葉が通じない。

「…まあ、いいか」

会うのは睡眠薬を使われて以来で、実質二週間ちょいというところだろう。詰め込んだ仕事を無理やり終わらせてなるべく家に帰らず秋人の家に転がり込んでいた。今日は寝ようと思っていたから予定はない。

「なーに、ニヤニヤしてんの?」

「へ?」

「なんか、珍しく幸せそうな顔してたよ?」

湊が笑いながら言うから一気に恥ずかしくなる。なんでだ!

「別に対したことじゃないよ。お呼ばれしただけだから」

「食事?」

「うん」

夏樹とご飯だ。まあ、きっと幹部以上で出かけるんだろうけどそれに一緒になっていいと言われるのは素直に嬉しい。信用してもらっているみたいだ。

「ほらまたそういう顔する…恋する乙女みたい」

「は?」

誰が誰に恋してるって?ふざけんな。相手は男だ。

「好きなんじゃないのー?」

「好きの意味がちげえよ」

「好きなのは認めるんだ?」

…あれ、そうなるな。人として好きというのだろうか。傲岸不遜だが俺が甘えたい時にさり気なく甘やかしてくれる。キツイ時には寝てていいと助けてくれる。

「…優しいもん」

「あー、惚気はいらねえわ」

「どこが?!!」

惚気た覚えなんてないんだけど。全くもってない。くだらない会話をしながら運ばれてきた料理に手を伸ばせば久々に食べたそれはかなり美味しい。

「カレーって、美味しいんだな」

「馬鹿なの?」

「湊、最近冷たいよね」

「てめえが体調管理しねえからだ。つーかお前、この間の嘘だろ」

突然の質問に首を傾げることしかできない。なんだ、この前のとは。いつのことだ。

「腹、切られたって。事実だろ」

「まさかー、そんなんだったらここに来ないって」

「普通はな。来るだろ、お前は」

じっと見つめられて俺は嘆息する。確信をつかなければ湊がこんなことを言うことはない。いつだってそうだ。

「…どこでバレちゃったかなー」

「こないだ来たとき、お前何度か腹触ってただろ。その時の顔結構イラついた顔してたし」

「触ってた?」

え、俺知らない。ということはあれか、無意識に気にしてて触ってしまっていたと。そういうことか。

「…で、俺にも話してくれねえの?」

「巻込みたくないし、却下」

「…ねえ、晴。一昨日の夜中、お前見たんだけど」

「いつよ」

突然の話の変わりように驚きながら聞き返す。仕事現場、見られただろうか。それはかなり痛手だ。一昨日はかなり暴れた覚えがある。情報屋だって襲われることは良くあることだ。

「二時すぎ。コンビニ行こうと思って寮抜け出したら裏から声が聞こえて、行ってみたら大人の男どもに囲まれたお前を見た。なあ、どういうこと?」

完全なる確信を持って聞いてくる男に言い訳は出来るだろうか。俺以上に俺のことを把握しているこの男に、言い訳が。

…出来るわけねえな。

「…さあ、俺は家で仕事してたよ」

それでも、そう簡単にバレては困る。いや、湊は詮索しないからいいけれどこんな人がいるところで話す内容でもない。

「ところでさ、晴は『ヴェリテ』って知ってる?」

「あ?あーなんだっけ。情報屋みたいなやつだろ?ガセだと思うけどね」

…本当にばれているかもしれない。これは痛い。どうやって探り出したのか、考えものだ。

「じゃあ『ソティル』は?」

「知ってるけど」

知ってるも何も情報屋仲間だ。会ったことはないがメール上でやり取りくらいは何度かしている。まあ探ればすぐに情報は出てくるだろうがそこは暗黙のルールだ。互いを探るような真似はしない。情報屋同士で腹の探り合いなんかしても時間も無駄だ。

「従兄弟なんだよね」

「…ソティルが?」

「うん」

「…湊、来い」

話の流れが予測できて俺は立ち上がる。食堂ではいつ誰に聞かれているかわからない。そんなのはゴメンだ。

既に食べ終わっていた湊もため息をついてから立ち上がった。ため息つきたいのはこっちだ、全く。

向かった先は屋上だ。ポケットから当たり前のように鍵を取り出した俺に驚きながら湊はしっかりついてきた。

「なんで鍵があるの」

「サボり場だから。教師も多分気づいてるけど何も言ってこないからスルーしてる」

「お前だから大目に見てんだろ。学校来るたびボロボロになってりゃ、休息も与えたくなるって」

苦笑する湊に笑いながら俺はフェンスに寄りかかる。風でなびく髪が邪魔だ。

「それで?」

「もう分かってるんでしょ?晴…いや、ヴェリテさん?」

自信を持ってそう問いかける湊の目が本気だから。これは駄目だ。

「…俺の負けだな」

「バカなの、お前。下手したら死ぬぞ!!」

「俺、そんなに弱くないよ?一昨日、見てたんだろ?」

「…それは」

そうだけど、と続けた湊は詮索するように俺を見る。

あの日は本当にイラついていたのだ。仕事終わって次の仕事に行こうと思っていたところでそこらのチンピラに絡まれた。無視したら、壁に押し付けられてただでさえ不機嫌だった俺は容赦なく男どもを蹴り飛ばしてしまった。

「見てたんだろ?」

もう一度問えば頷いた湊に苦笑する。

「こんな仕事だからこそ、自衛はできなきゃならない。汚い仕事だけどな、俺はそれでも好きだ。つか、やらなきゃ生きていけなかったから」

「…親は」

「いねえよ。いや、母親いるけど狂ってる。父親は死んだ」

昔のことだ。それから、母親だった女は豹変し俺に暴力を振るうようになった。それは別にいい。

「金がないと生きていけなかった。だから知ってるものを売る、そういう活動始めたらこれが楽しくて」

「…怪我してんのにか」

「動ければそれでいい」

「晴!」

「やめねえよ?これが俺の生き方だ。周りを陥れるために情報を漁って売りつける。でもそれを欲する奴等がいるんだから仕方ないよね」

「……くそったれ」

スタスタと近づいてきた湊は俺の目の前ですっと手を動かす。何をするのかと見ていれば突然額に痛みが襲ってきた。

「痛いし…」

「これは俺に嘘ついてた分な」

デコピンだ。どうせなら殴ればよかったのに。

「言えるかよ」

「そうだけど!…心配してんの分かれ」

わかってる。校内で一番俺を気遣うのはいつだって湊だ。校内でこうやって細部まで見ているのはこの男くらいだろう。

「つかさ、何?頼んだの?」

「頼んだっつーか…お前見てまさかなって思って特徴だけ教えてもらったんだよ」

ロクなもんじゃなかったけどな、と繋げた男に苦笑する。それもその筈、俺は会う度に年齢が変わって見えるらしい。仕事中の話し方も統一性はなく間延びした声を出すときや女のように高い声を使うこともある。だから俺についての情報は定かではない。

性別も年齢も不詳。ただ、綺麗な顔で黒ずくめ。身長もチビではないが背が高めの女と言われても納得できてしまう程度。そして、情報は的確で失敗したことはない。

「どうやったらそこまでの成功率出せるわけ?ってもはや呆れてたよ」

ソティルの話だろう。呆れられても努力の賜物としか言い様がない。こっちは仕事だけに身を捧げてるんだ。成果がなくては困る。

「まあお前の状況は分かった。とにかく、無理しないで休みな」

「湊優しー」

「俺が優しくしないとお前潰れるでしょ」

「俺そんな弱くないって」

笑い混じりの言葉にどこまで本音が混ざっているか。そんなことはどうでもいい。

「…さてと。そろそろ授業始まるし戻るよ」

ぐぐっと伸びをしながら告げて俺たちは歩き出す。やらなきゃいけないことはまだ山ほどあるのだ。授業中に次の仕事の調整でもしておかなくては。

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