金木犀の香る夜 | ナノ
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座っていた男の一人が声を荒らげるが知ったことか。大体、お前は誰だ。

「うるせーよ。年下だから敬語使えって?馬鹿じゃねえの?俺はお前らの部下でもなけりゃ仲間でもない。敵かもしれない奴らに敬語使うわけねえだろ」

「…おまえ、面白いな」

「は?」

童顔は微かに笑うと軽く手招きをする。

「ちょ、組長!!」

「…組長?この童貞が?」

「おい誰が童貞だ」

「間違えた、童顔」

いや、今のはかなり素で間違えた。申し訳ない。

とりあえず、手招きされたので近づいてみればぐいっと腕を引かれる。慌てて足に力を入れるがこの男、めちゃくちゃ力が強い。そのまま成す術無しに男の上に倒れ込んでしまった。

「うわっ…っぅ」

「は、軽いなお前。…あんまり動くなよ、せっかく縫ってやったのに傷開くぞ」

「は!?組長そんなの拾ってきたんですか!」

「どこの誰だか分かってんですかちょっと」

その場にいた男たちが慌て出すのが分かるがそれどころではない。態勢が悪すぎるのだ。柔らかいソファーで男の両足をまたぐように膝をついている為バランスも上手く取れない。

「あ?知らねーお前誰?」

「…名乗るときは自分から名乗れば?じゃないと俺はお前を童顔って呼ぶぞ」

「可愛くねえな、夏樹だ」

「似合わねー」

言ってから慌てて口を押さえるが遅い。にやりと笑った男はぐっと腰を抱き寄せ、グラりと傾いた俺の体を支えながら至近距離で言った。

「俺もそう思うけど、言われるのはムカつくんだよ」

微かに怒気の篭もった声に固まるがそういえばこいつ組長なんだっけ。道理でここまでの威圧感があるのか。羨ましい。

近くで見れば良く分かる。スッと通った鼻筋、つり気味の目、モデルをやってると言っても何も疑問に感じないだろう。

「…なんだ」

「いや、いい身体してんなーと思って。何お前、カッコイイし力あるしどうせ筋肉もあんだろクソ。俺にも分けろ」

「なんだ、見惚れてたのか」

目の前に顔があるというのにそんな感想しか出てこないのは俺が抜けているからだろうか。アホなのは多少の自覚はある。くっ、と喉を震わせて低く笑った男は、それからさも当然と言わんばかりに俺の頭を引き寄せる。

「ん、ぅ?....っ、ふぅ」

その行動を理解する前に、気づけば唇を塞がれていた。驚いて暴れればそれはあっさりと片手で押さえられてしまう。なんでコイツこんな力あるんだよ。

「んっ、は、ちょ、んん....っ!」

一度離れた口で文句を言おうとするがそれさえも塞がれる。しかも今度は舌まで滑り込ませてきやがった。慌てて逃げを試みるが相変わらず囚われた腕は動かせず、しかもわざと音を立てて吸い上げてきたりするものだから羞恥で居た堪れない。

耳まで犯されている気分なのに追い討ちをかけるようにして柔らかな舌が歯列をなぞり顎下を擽る。まるでどこが弱いかを知っているような動きに力が抜けていった。

だめだ、こいつうますぎる。ここまで何もできずに手込めにされたのは初めてだ。キスなんて数え切れないほどしてきたのに、なんだこれは。

だがやられっぱなしは性に合わない。逃げていた舌を自ら絡ませて同じように吸い上げれば、男が微かに笑った気配がした。

「ふ、ぁ....ん、」

くちゅ、といやらしい水音を立てて離れた夏樹はくたりと力の抜けきった俺に軽く笑った。夏樹の服を握り締め、膝の上に座り込み体重を預け切った姿はかなり滑稽だろう。

「…慣れてんなーお前。まあ、体力ねえけど」

「うっせー変態」

「その変態にキスされてクタクタになってんのは誰だ?」

「…ッチ」

舌打ちをしてから顔をあげて、ニヤニヤと、笑う男の胸ぐらを掴む。

「俺ね、やられたらやり返す主義なんだよね」

「そりゃー楽しみだ」

笑みを崩さない男が余裕そうでかなりイラつく。が、キスでは勝てないだろう。こんなぐたぐだになったのなんか初めてだ。

「でも今はやんない。これ以上やって腰立たなくなったら嫌だし帰りたいし。そうだ、帰ろうとしてたんだ」

本来の目的を思い出すがそもそもここはどこだ。ビルの中でも迷子だったんだ。帰れない。

「その前に名前」

「は?あー、俺は晴」

「お前、なんでこんな怪我してたわけ?」

「…ねえ、見たところヤクザでしょ?俺を拾ってる時点で色々調べてると思ってたんだけど、違うの?」

「さあな」

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