▼ 10*
「溜まってないの?」
「…お前、何考えてる」
「手と口なら使えるよ?」
ずっと思っていたのだ。抱かれるのはまだ怖い。例えどんなに優しくされようが蘇る記憶から逃れられずに拒絶してしまうかもしれない。でも、最後までしないのなら話は別だ。
「俺も男だし。溜まるもんは溜まる」
「…出来んのか?」
グイッと顎を捕えられ上を向かされる。至近距離で見つめられてしまえばもう逃げ場はない。あったとしても逃げる気なんてさらさらないが。
「最後までは嫌だよ。でも俺は、お前に触りたい」
「我儘だな」
「嫌じゃないでしょ」
そうでなければこの男がこんな凶悪な笑みを纏うはずがないのだから。
「っん、ふ、ぁ、」
くちゅっと淫らな水音がして唇が離れる。クラクラと目眩がするほど激しいキスは久々でうまく呼吸が出来ない。だがそんな些細なことはどうでも良くて、キスをし始めた瞬間から獣のようにギラついた瞳に射抜かれて興奮しないわけが無い。好きな相手に求められるのがこんなに嬉しくて幸せだなんて初めて知った。
「は、えっろ…」
「どっちがだ」
零れた言葉は夏樹によって一蹴される。きっと俺もキスに酔いしれて酷い顔をしているんだろう。互いに貪り合うような、主導権を奪い合うキスは心地が良くて楽しいのだ。
「お前、やっばい目してる」
「そりゃあ何ヶ月もお預け喰らってりゃ仕方ねぇだろ」
「…ごめん、」
「そう思うならさっさと慣れろ」
そうして再び重ねられた唇は今度は優しいものだった。何度も繰り返される巧みなキスは体を熱くさせるのには十分だ。
「っんぅ!」
だと言うのに慣れた手つきで腰を撫でられて体がびくりと跳ねる。そんな反応を笑われてしまえば男としてのプライドが大いに傷つくのだが、絶対にこの男には分からないだろう。
腰を撫でる手つきは厭らしく、そのまま服の中に侵入して背中を撫でる。触れるか触れないかの微妙な手つきは擽ったさも覚えるが、濃厚なキスでやられた頭はそれを快楽として受け止めるのだからタチが悪い。
「っ、ん、んぅ、」
長い指が背骨をなぞったり腹に回ったりする度に反応を返す体は多分いつもよりも数段敏感になっている。相変わらず夏樹の膝にまたがったままの状態で動ける範囲は狭く、刺激に対して震える体を更に煽るように撫でられてしまえばひとたまりも無い。
「っあ、ちょ、」
焦った声を挙げてしまったのは、大きな手がさりげなく尻を撫でたからである。怖いからやめろ、という視線を気にしたふうもなく流した夏樹は、ギラついた瞳のままそっと俺の首筋にキスを落とした。ピリッとした感覚があるから恐らくキスマークでもつけたのだろう。首なんて丸見えになるというのに。
「っ、お前、ずるい」
「触りたきゃ触れよ」
はっ、と息を乱しながら挑発してくる男にムカついて夏樹の着ていたシャツを問答無用でまくり上げる。現れた腹筋は綺麗に割れていて思わず凝視してしまった。
「楽しいか?」
腹筋に視線を向けたまま微動だにしなくなった俺に苦笑をした夏樹はそれでも体をまさぐる手を止める素振りはない。
「っ、ん・・・何コレ、っは、どうしたらこんなに綺麗に割れるの」
「さあな。そんなことより集中しろよ」
「んあっ!」
腹筋に意識を持って行かれたのが気に食わなかったのか服越しに俺の下半身を撫でられ、あられもない声が零れる。思わず手で口を覆ったのを見て、夏樹はただ肉食獣のように鋭い眼光で厭らしく笑っただけだった。