金木犀の香る夜 | ナノ
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都内にあるビル街、その中でもひときわ存在感を放つ大きく広いビルはたくさんの社員が出入りをしている。そのビルの中程にある社長室は高級感あふれ華やかなビルの外見とは裏腹に酷く殺伐とした空気が流れていた。

それもそのはず、裏の世界に関わるものならば知らない人間はいないと思われる絶対的存在感を放つ比良手組組長が、たとえ同業者でも真っ青になり震え上がるほどの鋭い眼光を客人に向けているからである。

ここに彼の恋人がいたならば、身を堅くして怯えるだろう。そんなことを考えている久野でさえ、この空間から一刻も早く脱出したいと心の底から思っている。無表情を保ち上司と同じように客人を眺めているから、そんな感情を抱いているとは親しい人間でなければ分からないだろうが、きっと隣で冷笑を浮かべている若頭は気付いているのだろう。ほんの一瞬だけ向けられた視線が久野の状況を確認する為のものだったことは分かっているからだ。

「それで?よくもまぁのこのこと顔を出した挙げ句、あの子の話題を出せましたねぇ?」

にっこり、と本能的に逃げ出したくなる笑みを纏った片田篤はこの状況を作った元凶を頭の中で何度もなぶり殺しながら、上司の機嫌をこれ以上損ねてくれるなと本気で思っていた。

そもそもアポイントもなしで会社に乗り込んできた挙げ句、男の恋人を囲って戦争を起こしたことを、女好きの彼は男なんか、と様々な暴言を吐いた上に女を見繕ってやろうか?とまで言い切ったのだ。その最中、どんどん機嫌を悪くしていく夏樹に気付きながら面白がるように言うのだから尚たちが悪い。

「おー、こわ。秕もそんなおっかない顔してると愛しの恋人に逃げられるぞ?」

「黙りなさい」

ぴしゃりと言い切った片田にようやく視線を向けた男はにまにまと喰えない笑みを浮かべていた。その口が次の言葉を紡ごうとした瞬間、ノックもせずに社長室の扉が開かれる。そしてここにいた全員の視線を集めた彼はその空間の異様な空気に扉を開けたまま固まったのだった。

「・・・あー、出直す」

「まあそう逃げるな」

数秒経って強張った体が動いたのか、彼は重苦しい威圧感を放つ男から目をそらし告げる。暖房が効いているにもかかわらず冷え切ったように感じる室内から逃げ出すように背を向け歩き出そうとした背中に声を掛けたのは、彼の恋人ではなく招かれざる客人の方だった。

「なァ晴、俺とも仲良くしてくれよ」

「あんたに呼ばせるほど俺の名前は安くないよ」

うんざりした声を出して振り返った晴は楽しげに喉を鳴らして笑う男に冷めた視線を向ける。情報屋である俺が国家や警察の主要人物を知らないはずがない。

「ていうかさ、怖いからそれやめて」

続いた言葉は目の前のふざけた男ではなく高級感あふれるキャスターチェアに座る男に向けてのものだ。それを受けた男はため息を一つ零してから客人を睨み付けるのをやめ、晴を手招きした。

はた迷惑な客人を無視して彼の元へ行けばすぐさま抱きかかえられ膝の上に強制的に座らせられる。それを面白がる男を一瞥したのは当然の結果だ。

「で、何の用があってここにいるの」

「何だ?相変わらずつれねぇな。お前に会いにきたに決まっているだろう?」

いけしゃあしゃあとそんなことをのたまいやがった男の名は、満岡真守という。探せばどこにでもいそうな名前だが役職はそんなありふれたものではない。むしろありふれていたら困る立場にいる人間だ。

「え、来なくて良いよ。お前に会いに来られるなら遼ちゃんに追っかけ回される方がマシ」

警視庁刑事局組織犯罪対策部部長という肩書きを持つ彼は、俺がヴェリテだと知る人物でもある。ヤクザからしたら天敵の中の天敵だ。一番対立している部署の親玉がのこのこ来ているのだから笑えない。


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