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「…ごめんこれ以上はちょっと」
吐くかもしれない。何口か食べてからそう訴えればディオは仕方ない、とため息をつく。いやいや、俺だってため息つきたいよ。でも美味しかったから頑張ったんだ、これでも。
「お兄ちゃん…前より食欲落ちたね?」
「そうか?」
ニアに指摘され首をかしげる。前と変わらないような気がしなくもない。少なくなったなだろうか?
「前は一日一食はギリギリ食べきれてたでしょ?」
「あー…そうかもな」
言われて思い出すがあれはかなり辛かった。一食なんて食べれる量じゃない。
「…いつの話?」
「んと、えーと、二年くらい前?」
ディオに聞かれて答えたニアの皿は既に空となっていた。食うの早すぎだろマジで。
「その頃から一日一食だったの?」
「…俺が知る限りはね。もう少し前だとご飯食べてなかったなぁ」
ニアの言葉に上からため息が聞こえる。
しょうがないだろ、忙しかったんだ。15にも満たない俺を雇ってくれるところは限られていたし、何よりお金を貯めなければ双子を育てられなかったから。
「今は?」
「多くても三日に一度で良い。毎日一食でも食えって言われたら吐く」
聞かれて素直に答えた俺にそう、と頷くとディオは俺の頭を撫でた。気持ち良いとか思っても言ってはやらない。双子の餌食になるだけだしな。
「とりあえず、お前は寝てろ」
「は?今食べたばかりなのに?」
「熱、上がっただろ」
「…知らね」
そっぽを向いてもう一度こいつの腕から抜け出そうと試みるがやはり力強い腕に阻まれる。…いい加減離せや。
「良いから寝とけ」
「やだよ。あんだけ久々に寝たんだから十分だって」
「三時間ちょいしか寝てねえよ」
「そんなに?」
そんなに寝てたのか、ダメだ完全に寝すぎた。ディオの傍にいるとどうもリラックスしてしまう。
「…めんどくせぇ、寝れないなら荷物まとめてこい」
「ん」
曖昧に返事してから俺は自室に向かった。
「それだけか?」
「俺の荷物はね」
「少ないな」
「あとは俺の酒だ」
これだけは何がなんでも持っていきたい。酒さえあれば生きていけるし。
「…未成年だよな?」
「うっせ」
キッチンの奥にある部屋に入ると、微かにアルコールの匂いが漂う。
…これ全部は無理か?
ワインセラーであるこの部屋は俺が勝手に改造したものだ。棚に並ぶワインは様々な種類がありその本数は40を越えるだろう。
「んー…」
「全部持っていきたいの?」
腕を組んで悩んでいれば後ろから声をかけられる。声の主はシアンだ。
「出来ればそうしたいけど多いし、ワインセラーなんかないでしょ?」
「ワインセラーはあるよ?」
「え、ほんと?」
シアンは頷くとリビングを指差した。
「ディオとザク、酒豪だから」
「そうなんだ」
飲み比べでもしてみたいな。…怒られない範囲で。
「お兄ちゃん電話〜!」
不意にパタパタと駆け寄ってきたメアから携帯を差し出され、それを受けとる。
「ありがとな…はい、」
『ウィラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』
………………。
おい、ふざけんなよ。何でスピーカーになってんだよ。耳痛いよ、ねえ。ケータイを差し出したメアを見れば予想できていたのか耳を塞ぎにやにやと笑っていた。可愛いけども……。
「…メア」
「えへへ?」
獣の聴力なめるなよ。物凄く耳がキンキンと痛み、押さえればかなり驚いたのかケモ耳が出てきていた。
それを意図的にしまってから俺は離したままのケータイに低い声を出す。
「喧しい、叫ばなくても聞こえるわ」
『はははは、だろうね』
電話越しに聞こえた男の声に俺は息を吐く。
『それで、今度はどこに引っ越すんだって?』
相変わらず情報が早い。引っ越すことは今この家にいる奴等にしか言ってないはずなのだが。
「さあな、いつもみたいに探してくれよ」
『では、期待に応えられるよう頑張らせてもらうよ』
楽しそうな声は軽い。基本こいつの家の男共は軽いから今更気にはしないけどな。
『それからウィラ。体調悪いなら無理しない方が良い』
「…うるせえよ」
別に言われるほど悪いわけではない。動けるんだから問題ないだろうに。
『一昨日も吸血鬼に襲われて昨日は撃たれたんだろう?少しは休みな』
「相変わらず気持ち悪いほど知ってるな」
『誉め言葉だ』
「…ほんとに、兄弟揃って変態か」
『ウィラだけだよ』
「黙れ」
スピーカーから笑い声が聞こえて男がこの会話を楽しんでいるのがわかる。
ほんとに、腹立つな。