03 | ナノ

3 風が冷たかったから、ぬくいような気がしただけ

 きらきら、きらきら。
 若利くんは今日も輝いているなあ。ふふと、気付かれないように笑う。声を出さず笑っていると、何だと若利くんが振り返った。さすが、野生の勘が鋭い。
「何にもないヨ」
「そうか」
「若利くんは約束、覚えてる?」
 ふと、尋ねてみる。
「どの約束だ?」
「オセロで負けた方がプリン買ってくる約束」
「……冷蔵庫の中にあるぞ」
「やったー!」
 両手を上げて喜び、冷蔵庫の中のプリンを取り出す。
「最近プリンしか食べていないような気がする」
 ひんやり、冷えたプリンを開け、振り向かずスプーンを引き出しから取り出した。
「えーそんなことないよ」
「なぜ、食事をとらない?」
「夏バテ……?」
「夏はとっくに過ぎたはずだが」
「半年もすればすぐ夏だよ」
「天童」
「お腹が空かないだけ、心配かけてごめんね」
 振り向かないまま答えて、自室に戻る。部屋に入れば、そのまま倒れこみ、目を閉じた。

 終焉は、間近だ。

 ――自分の恋心に気づいたのは高二の夏だった。セミの大合唱が聞こえる体育館で、気づいてしまった。きらきらと、輝く若利くんに。目を瞬いて、隣に立つ英太くんのティーシャツの袖口を引っ張った。
「ねえねえ、英太くん」
「伸びる!」
「ごめん」
「いいけどさ、どうした?」
「若利くん光ってない?」
「はあ?」
「よく見て」
「見てるけど」
「覚、英太、無駄口叩いてっと外周増やされるぞー」
 先輩に声をかけられ、鍛治くんの方を見れば、すごい形相の鍛治くんと目があった。
「鍛治くん、めっちゃこっち見てる」
「やべっ!」
 交代だコーチが叫び、コートに入りながら(そうか、これはオレにしか見えないのか)ぼんやり思う。ちり、胸の奥ではぜるような音がした。
「――天童っ!」
 恋心ってやつは厄介だ。まさか自分がこんな気持ちを抱く日がくるなんて。何となく自分の思いが信じられず他人事のように過ごしていた中、ある日クラスメイトに呼び止められた。
「なあに?」
「天童って牛島と仲良かったよね」
「若利くんと? うん、仲良いヨー」
「これっ! 渡してくんない?」
 白の封筒が、胸元に押し付けられる。震える手、真っ赤になった耳、それらを隠すための強気な瞳。彼女のこんな姿を初めて見た。オレは小さく頷いて、その手紙を託された。
「どうしようかなあ」
「何ですか、それ」
「あー白布」
 寮のソファで手紙を眺めていると、声をかけてきたのは一年生の白布だった。中等部からの持ち上がりやスポ薦が多いバレー部に一般入試からの入部、入部早々「牛島さんにトスあげるために来ました」宣言、やべえと噂の一年だった。
「これはね、お手紙」
「へえ」
「反応、薄くない?」
 つめたーいと唇を尖らす。
「ラブレターですか」
「うん」
「告白するんですか」
「告白するんだって」
「誰に渡すんですか」
「誰だと思う?」
「牛島さん」
「あったりー」
「渡すんですか」
「頼まれたらネ……あ、若利くん!」
「牛島さん!」
「え? 白布オレのときと態度ちがくない?」
「そんなことないですよ」
 しれっと白布は言い放って、横たわるオレに「牛島さんに座る場所開けたらどうですか」と無言で圧力をかけてくる。
「はいはい、若利くん隣座りますか?」
「そうだな……」
「あっ、座るの? 白布も座る?」
「俺は部屋に帰ります」
「えっ、そうなの?」
「渡すならさっさと渡した方がいいと思います」
 そう言い残して白布は去っていく。何しに来たんだ。隣に座った若利くんに、はあとため息を吐いて、手紙を目の前に見せた。
「なんだこれは?」
「お手紙だよー」
「天童からか?」
「ううん、オレのクラスメイトから」
「……そうか」
 若利くんが、手紙を受け取った。
「あの、ね、」
 ひり、ひり、喉が焼けたようだった。急に話しづらい。
「イイコだよ、その手紙、くれた子」
 片言に伝えて、「それだけ」と顔を伏せる。良い子だよなんて言いながら、もし若利くんが彼女と付き合ったら、オレは、耐えられない。
「天童、大丈夫か?」
 心配している若利くんの声が降ってくる。
「急に眠くなったみたい」
「そうか、無理はしないほうがいい」
「うん、ありがと」
 自室に戻れば英太くんはまだ帰ってきていなかった。
「これは、いやだなあ」
 誰もいないことをいいことに、胸の中を吐露する。恋心とはこういうものか。オレはあの手紙を、破って捨ててしまいたかった。若利くんに読んでほしくなかった。感じたことのない怒りにも悲しみにも似た感情に、振り回されたくないと枕を壁に投げつけた。
 オレは自分の恋心に決着がつけられないままずるずると、膨れ上がる感情を抱き抱えたまま、日々を過ごしていた。ソレを見つけたのは若利くんたちと、卒業式の話をした日だった。
 ――チリリリリリリリリリ……ごぉ……――
 蠢くソレは這いずり回りながら、何かから逃げているようで、何かを探してるようだった。可哀想だなと思った。まるでオレみたいで。だから、欲しいと言われたとき「いいよ、あげる」と言ってしまった。そういうものには近付かない返事しない目を合わせないが三大ルールだと言うのに。あっという間に身体は乗っ取られて、オレ人ではないモノになった。どういう仕組みなのか、ヒトはオレを忘れていく。ヒトはオレの存在を認識できない。だから、ずっとひとりぼっちなのだ。

 ――そう、思っていたのになあ。
 若利くんに出会って、すべてが変わってしまった。若利くんがどうしてオレのことを覚えてるのか、見えるのか、さっぱり分からなかった。そして、まさか「俺の部屋に住め」と言われるなんて。
「どうして、」
 どうして一緒にいてくれるの。それがずっと聞けないままだった。「困っているように見えたから」とまた答えるだろうか。だが、答えがなくとも大丈夫だった。いつの日か冗談めかして「幸せで困ってる」と言ったことがあったが、あれは本音だった。
 若利くんとの時間を過ごすなかで、オレの身体はだんだんと弱ってきた。最近では、数分間立ち続けることさえ難しい。
「もうちょっとがんばってね」
 鼓舞するように声をかけ、起き上がる。机の引き出しを開けると、書きかけの手紙があった。

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