2 | ナノ

02 企み

「謀ったネ!」
 きっと睨み付ければ、にこにこ笑う獅音と悪いと微塵も思ってなさそうな顔で手を合わせる英太くん。そして、直立不動の若利くんだった。
「ほら、行くぞ」
「……えー」
 英太くんに背を押される。
「気分転換も大事だって言ってたのは天童だろ?」
「んー……もう! 誘いに乗ったのはオレだからネ! 行こ!」
 獅音に手を引っ張られる。何も言わない若利くんを一瞥して、学校から三駅離れた大型ショッピングモールに足を踏み入れた。
 ――昨晩家出して、オレは朝になっても帰らなかった。朝ごはんを食べ終えた英太くんは呆れたような視線を向けただけで何も言わなかった。そんな英太くんが午前練から帰ってきたあと突然「カレー食べに行かないか」と誘ってきたのだ。
「え?」
「チーズナンが食べたくなった」
「急に?」
「あ、ああ」
 それは嘘だとすぐに分かった。たぶん昨日のことを気にして誘ってくれているのだろう。
「根詰めるのも悪いしね、イイヨ」
 そしてオレは英太くんと電車に乗ったのだ。着いた先にいたのは、獅音と若利くん。それは叫びたくもなる。――先ほどのことを思い出しながら、約束通り律儀にナンを食べている三人を両肘をついて眺めた。
「夕飯入らなくなるヨ」
「これぐらい全然だろ?」
「本当に食べなくていいのか?」
「食べるか?」
「いらなーい」
 若利くんに差し出されたプレートを押し返して、溜め息を吐く。面倒くさいことになった。面倒くさいことをしたのはオレだけど。
「ならば下の階のドリンクを飲みに行くか」
「えー?」
「下ってあのクレープ屋?」
「ああ。好きだと言っていただろう?」
「そうなのか?」
「……そうだね」
「よく覚えてたなー」
 ああ、ほら、また。獅音と英太くんと若利くんが話す姿を見ながら、ぎゅっと痛む胸を隠すようにくしゃりと顔を歪ませる。若利くんは最近変だ。昨日もオレが食べたいと言っていたアイスを買ってきた。思わず家出してしまうほどそれはオレにとって衝撃で、恐怖だった。
 自分の気持ちに気づいたのはいつだっただろう。部活のときだけじゃなく、些細なこと、ジャンプとかテレビとか、そんな話をするときも若利くんがきらきら、光って見えるようになった。冗談みたいに眩しくて、だけど若利くんはバレー以外に興味がなかったから安心してた。
 好きだと、伝えたいと思ったことはない。若利くんを見ていると浮かぶ、ちくりと刺されるような痛みも、陽射しを浴びた布団に包まれるような温かさも、距離が離れ時が経てば、いつか遠のく。ねえ、若利くん。若利くんはオレなんかに興味ないよね。そう尋ねたい衝動を飲み込み、食べ終わって立ち上がる三人の後ろをついていった。
「皆も食べるの?」
「ああ」
 はっきり頷く三人を見て呆れて両手を上げる。
「よく食べるネ」
「まだ全然いける」
「食べきれないなら俺がもらうよ」
 部活を引退する前から感じていたけれど、オレと皆は胃の大きさが違うのかもしれない。
「天童はもっと食べた方がいい」
「確かに」
「簡単に言うけど皆の方が食べすぎだから!」
「小野もこれぐらい食べてただろ」
「それ野球部!」
「石井も」
「それはサッカー部!」
 英太くんが同じクラスの運動部の仲の良いメンバーをぽんぽんあげていくけれど、何の参考にもならない。ツッコミつかれて息切れしていると若利くんは誰だったかと首を傾げているし、獅音はにこにこと笑っていた。ああ、こういう日々も遠い思い出になるのか。ふと襲ってきた寂しさに苦笑をこぼし、メニューを見つめる。
「……若利くんは、決めた?」
「いや、俺は……」
 半日ぶりにオレから声をかけた。若利くんは分かりづらいが、たぶん少し困っている。
「オレはねえ、若利くんはこれが好きだと思う」
「それにしよう」
「はっや、もうちょっと悩んで」
「いや、それがいい」
「わかったヨー」
「天童」
「なあに?」
「帰ってきてくれるか?」
 パートナーに突然別居された人みたいな言い種だ。あながち間違ってはいないのか。息を吐くように笑って、注文したクレープを二つ受け取る。一つ若利くんに手渡して、頷いた。
「イイヨー」
「本当か?」
「オレの家はあの部屋だもん」
「そうか……ああ、これはおいしいな」
「でしょー」
 「オレが選んだんだもん」冗談を言えば「確かにそうだ」と若利くんが静かに微笑んだ。

〜 ◇ 〜

「謀ってないよ」
 にこにこと笑えば天童は大げさに威嚇してくる。後ろに立つ若利は微かに眉を下げて、共犯者の英太は両手を合わせ謝るポーズをしていた。
「ほら、いくぞ」
「気分転換も大事だって言ってたのは天童だろ?」
 会話のない天童と若利に苦笑をこぼし、ようやく行く気になった天童の手を引いて、歩き始めた。
 ――昨夜天童は、俺たちの部屋に家出をしてきた。理由は、後からやってきた若利との会話で何となく分かった。そして理解できる自分自身に同情する。
「どうしたものかな」
「どーした?」
 午前の練習には、すでに進学先の決まっているメンバーが集まっていた。若利、隼人に、英太。白布にアドバイスしていた英太がこちらに気づき、近づいてくる。そわそわした様子は部屋で勉強している天童のことが気になっているのだろう。
「英太にも手伝ってもらってもいい?」
「んー? 何をだ?」
「天童と若利のこと」
「それなら、もちろん協力する」
「ありがとう」
 練習終わり若利を手招きして、三人で計画を立てる。計画は単純で、英太が天童を誘い若利と天童が話をする。ただそれだけ。
「それでどうにかなるのか?」
「どうだろう、若利次第?」
「善処する」
「……応援しとく」
「? ありがとう」
「まあ、これが失敗したら次を考えればいいさ」
「獅音って案外おおざっぱだよな」
「荒治療も時には必要って言うだろ?」
「なるほど」
「なるほどじゃないだろ、若利」
 呆れたような英太の声に不思議そうな顔をする若利。見慣れた光景に微笑んで、ぱちんと手を叩く。
「英太、よろしく」
「よろしく頼む」
「はいよー、もし天童から断られたら連絡するわ」
「そのときは三人で遊びに行くのもいいね」
「俺も行くのか?」
「もちろん」
「それはそれで楽しそうだわ」
 天童を誘いに行った英太を見送って、「先に行くか」と若利の背を軽く叩く。
「上手くいくだろうか」
「フォローするよ」
「頼む」
 ――計画の第一段階は成功。二日連続で聞く天童の叫び声を思い返しながら、フードコートの中のカレー屋で注文したナンを食べる。天童は夕飯が食べられなくなるからと断り、若利はチキンとひよこ豆、英太はトマトのカレーを頼んでいた。俺は、ほうれん草とじゃがいものカレーを注文した。
「いつも悩むんだよ、ここに来ると」
「えーでも英太くんいつもおんなじやつ頼んでない?」
「そうなんだよ、悩んだ結果これになる」
「他の味が食べたくなったときは俺のをあげよう」
「え! やりい!」
「わー獅音、優しー」
 曖昧に笑い返し、プレートを差し出す。カレーを食べ終わったあとは、若利の提案でクレープ屋に行くことになった。天童は、若利との会話の場を強制的に作る前に思うところがあったのか自分から話しかけていた。これで計画はほぼ達成されたも同然だ。クレープを食べ終わった頃に天童に話しかけた。
「部屋に戻る?」
「うん、ご迷惑おかけしました。はあ、久々に遊んで楽しかったヨ」
「それは良かった」
「獅音は英太くんと悪巧みを考えるとき、いきいきするよネ」
 心外だとアピールしながら、口元は笑ってしまう。
「楽しいからなあ」
 目線を遠くに向け、正直に吐露してしまえば、天童は驚いた顔をする。この後の何が起こるか予想できて、耳を両手でふさいだ。
「うえええええええええええ!」
 三度目の叫び声だ。しいっと内緒のポーズをすれば、天童はひどい顔をして唸り声を放つ。
「知らなかったよ」
「言ってないから」
「気づかなかった」
「天童より先輩だから」
 にこにこ笑えば、天童は嫌そうに顔を歪めた。
「大声出してどうした!」
 前を歩いていた英太が振り返る。
「何にもないヨ! …………つらくない?」
「俺は、今が楽しい」
「……オレも」
 天童はそれ以上、何も言わなかった。
 英太のこと好きだと気づいたのは、いつだったか。気づけば目で追うようになっていた。自分の好みのものより、英太の好みのものの方が先に、目に入るようになった。
 この気持ちを、伝えたいと思ったことはない。英太の優しさに触れるたび期待し痛む胸は、時間と距離が解決してくれるだろう。俺は今のままがいい、そう自分に言い聞かせる姿には見て見ぬふりをする。一年以上隠し通したのだから、きっとこれからも大丈夫だ。
「――獅音?」
 英太の声に顔を上げる。天童はいつの間にか、英太と場所を変え、若利の隣に立っていた。
「ん? ああ、ぼんやりしてた」
「疲れた?」
「いや、楽しかったよ」
「俺も」
 「今日の夕飯なんだろうなあ」もう夕飯のことを話す英太の隣をゆっくりと歩く。「牛丼じゃないか?」「あー楽しみだなあ」夕焼けに染まる英太の横顔に、静かに目を伏せた。

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