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かわいいおひと

「太宰クンってかわいらし人ですよねえ」
 楽しげに呟く織田の顔を二度見る。信じがたい言葉が聞こえた。
「なんですのん、その顔」
「織田、今何語で喋った?」
「わし、日本語でしか喋べってませーん! いくら方言やからってひどい春夫センセ……」
「あ、いや、悪い、そういうわけじゃなかったんだ」
「じゃあどないわけなんですかあ?」
 同時期に来たよしみか、織田とは生前では築かなかった関係を築いている。つんつんと袖をつつく指先を軽く避け、咳払いをした。
「……太宰は、可愛くは、ないだろう?」
 ぎこちなく問いかければ、織田は思わず吹き出す。吹き出すようなことを言ったつもりはない。
「あんなかわいいひと、他におりません」
 にいっと笑う織田は、庭先で安吾と歩いている太宰を指差す。
「春夫センセも見てればわかります」
 自信に溢れたその答えに、ただ顔をしかめることしかできなかった。

(……太宰が可愛いねえ)
 織田に言われ、ここ数日こっそり太宰を観察していた。今、太宰は赤い髪を揺らしながら、芥川の後ろで挙動不審に動いている。
「声かけちまえばいいのになあ」
 ふっと笑い、確かに見てくれは立派なものだとその姿を眺める。黙っていれば、ただの美青年だ。この図書館に来る客や職員の中にも太宰の顔が良いと言っている話をよく聞く。それは間違いないことだが、可愛いと断言されると首をかしげてしまう。
 太宰とは色々あって(本当に色々あって)最近ようやく目を合わして話せるようになったばかりだ。そんななか浮かんでくる思い出話は、やたら長い手紙に井伏越しの金の工面のお願い等と、ろくなものが出てこない。
「太宰が、かわいいねえ……お?」
 見ていることに気づかれたのか、太宰がこちらに向かって大きく手を振っている。
「芥川にバレるぞ」
 呆れながら、手を振り返す。いつまでも手を振る太宰の姿は、散歩前の犬のようだ。終わりの見えない手の振りあいに付き合っていると、芥川が振り返り太宰が一目散に逃げ出したことでこの戯れは終わる。
「なんで逃げるんだ、あいつは」
 俺もよく逃げられた、ほんの少し前のことを思い出し、くつくつと笑いをこぼした。

「――先生!」
 向こうかろ太宰が走ってくる。よほど良いことがあったのか、満面の笑みだ。
「どうした、太宰」
「芥川先生とお話ができたんです!」
 ああ、あの後話ができたのか。一方的にまくし立てられる芥川との会話の内容を聞き流しながら適当に頷いていると、太宰の髪に桜の花が絡まっていることに気づく。昨年よりも早く咲いた桜は、数日前から散り始めていた。
「太宰、頭動かすなよ」
「へ? えっ?」
 手を伸ばし、そっと花びらを掴む。するりと、それは簡単に取れた。
「あー、もう、いいぞ」
「っ! はい……」
 妙に大人しくなった太宰の顔を見れば、目端を赤く染め、言葉をどこかへ落としてしまったように次の言葉を慌てて探していた。
「は、……なんて顔してんだ……」
 呆然と呟く中、自信満々の織田の顔が頭に浮かぶ。
『――あんなかわいいひと、他におりません』
「いや、俺は認めない!」
「え?」
 突然の大声に驚いた太宰の顔。弁明するには織田との会話も話さなければならない。「なんでもない」を突き通して「芥川とは何を話したんだ」と話題を変える。また楽しげに話始めた太宰の顔を安心して見ながら、(かわいいってなんだ!)浮かんでくる織田の言葉を打ち消した。

2018/4/9

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