20000hit企画 | ナノ
打ち合わせが終わったら
*************************










勢いで東京に出てきて早2年がたった。友達も出来、近所付き合いも良好、定職にも就くことが出来て毎日充実した生活を送っている名前のライフスタイルをかき乱す人物が現れた。毎日の生活にそれなりに満足していた名前だったが、彼女の仕事先の事務所に所属するアーティスト中山と出会ったことによりそれは更に輝きを増した。初めは腕に厳つい墨が入ってはいるが顔は優しいお兄さんという印象しかなかったが、会う度にどんどん彼という人物が上書きされていった。終いには満足していた毎日に物足りなさを感じる程彼に気持ちが行ってしまっていた。
会えないと気分が落ち込み、話せないとため息が出たり、遂には自分と同じ想いを抱いてくれないかと願ってみたり。その代わり、今日は会えるだろうかとドキドキしたり、会えた時には期待していた分凄く嬉しかったり、会話が出来た時には翌々日までにやけがおさまらなかったり。毎日毎日期待と不安、つまりは名前の生活の殆どは中山明という人物が占めていると言っても過言ではなかった。


名前の仕事は主に雑用と言われるものである。今日は午後から行われる打ち合わせで使用する資料を人数分コピーしホチキスで纏めていた。これが終わればミーティングルームのセッティングをしなければならない。一言で雑用と言ってはいるが、誰かが絶対にしなくてはいけないことであり、名前はこの仕事に結構やりがいを感じている。



「今日はまだ会ってないなー」



こういう頭を使わない作業に入るとついつい出てしまうのが独り言で、手は機械的に動いているのだが思考が何処かに飛んで行ってしまっていることなどしょっちゅうだった。この間なんか、大量の封筒の糊付け中にいつの間にか歌い出しており仕事仲間に大爆笑されたばかり。はっと思い口を紡ぐが既に遅し、無意識に零れた独り言を拾った人物がひとりいた。



「誰に?」



「ぬぁっか山さん!?」



椅子から飛び上がった拍子に資料が宙を舞いバラバラに床に広がってしまった。急いでしゃがみ込み資料をかき集める自分の手しかなかった視界に入り込んだゴツゴツした手に一瞬フリーズしてしまったが、少しだけ目線を上げれば同じくしゃがみ込み資料を集めてくれる中山の姿があった。更に体温が増し、顔だけでなくみるみるうちに手まで真っ赤になっていく。



「これで全部?」



「はいっ、ありがとうございました。すみません」



「この番号順に並べんの?」



名前の隣の椅子を引き腰を下ろした中山はかき集めた資料を眺めて尋ねてくる。疑問符を浮かべながら頷いた名前は何時までも彼に見とれている場合ではないと手元の資料を纏める作業を再開した、のだが中山がそれを取り上げる。



「俺並べるから、苗字さんはパチン係な」



「へ?」



名前の呆けた声も聞こえぬふりで早速作業に取りかかった中山は結構手際が良かった。中山が並べた資料を名前がホチキスで留めるという流れ作業を30秒程続けた時、遂に我慢出来なくなった名前は「あのっ」と切り出した。声が裏返ってしまったことには触れないでくれと願いながら。



「中山さんにこんな事させられませんから、」



言いながら中山の手元にある資料に恐る恐る手を伸ばせば無言で遠ざけられた。諦めずにもう一度手を伸ばすが「邪魔しない!」と一掃され、渋々名前もホチキスを手にとる。



「苗字さんてさ、いつも楽しそうだよな」



「えっ、そうですか?」



「いつも笑ってるし。こないだ一人アカペラしてたとかで大爆笑されてたっしょ?」




見ていたんですかー!?叫びそうになったのをぐっと堪えてもう二度と歌ったりなんかしないと誓った瞬間だった。器用に資料を纏めながらも会話を続ける中山と、話しかけられる度に手が止まってしまう名前との間には流れ作業というものは成立しなかった。どんどん溜まっていく資料に焦りを感じる。




「交代すっか?ホチキスの方が楽そうだし」



残り少なくなった資料を渡された名前の手からホチキスを取った中山はこれまた手際良く留めていく。こういう自然な優しさも、名前が彼を好きになった原因のひとつだろう。



「で、今日はまだ誰に会えてないって?」



「えぇっ……と、」



あなたですよ中山さん。と言う程の勇気など名前が持ち合わせているはずもなく視線を泳がせる。また手が止まってしまった名前と作業を続ける中山の間にはホチキスのパチンパチンという音だけが響いた。



「素直に俺だって言えば良いのに」



「いい言えないですよそんな事!!」



「え!?あ、まじ…?」



顔を真っ赤にして立ち上がった名前を魂が抜けたような顔で見上げる中山。一体何がそんなに衝撃的だったのかと名前は思うがそれは次に彼が恥ずかしそうに言った言葉で必然的に分かることになる。



「ごめん、今の冗談で言ったつもり……だったんだけど、」



「えっ」



サァーと一気に血の気が引いていく感覚に陥った。冗談に本気で返してしまった名前の気持ちは確実に中山へと伝わってしまっただろう。




「ああああのっ、今のは、そのー……」



「違った時傷つかないよう冗談っていうことにして言ったけど、あー、あれだ。本当にそうだったら良いなーっつう、俺の願望、です」




終始動かし続けていた手をこの時だけは止めて、一生懸命言葉を選びながら言った中山は言い終わると同時にまた作業に戻った。暫く放心していた名前も、混乱は治まらないが打ち合わせの時間が迫っている為手元の資料に視線を戻す。このまま、さっきの中山の言ってくれた言葉はこの流れ作業に流されてしまうのだろうか。



「仕事終わったらさ、ご飯でも行かない?」



どうやらその心配はないようだ。







(絶対行きます!!)
(の前にさっさと仕事しねーと!)
(ああっ!もうこんな時間!?ミーティングルームの準備もあるのに!)



打ち合わせが終わったら
(二人は恋人になれるかもしれない)





*あとがき
お待たせいたしました!付き合う前のもどかしさという事でしたがこんなんで大丈夫なのか疑問ばかりが残っている明さんの口調が分からない今日この頃。
最後まで読んでくださった方々、ありがとうございます*










*************************

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -