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開いた携帯、写し出された名前ちゃんの名前と番号。発信ボタンを押すのを躊躇する。こんな時間に電話したら迷惑かな。メールにしようかな。でも、今すぐ会いたい。声が聞きたい。何でもいいから話したいんだ。
アルバイトくんの言っていた苗字さんは恐らく名前ちゃんのこと。
入社試験の時に見事に筆記用具一式を忘れたドジなアルバイトくんに鉛筆と消しゴムを誰にも分からないようにそっと貸してくれた人がいたらしい。名札に苗字って書いてあったから、覚えていたとのこと。
(すっごく可愛らしい人で、あれから頭から離れないんすよねー)
やっぱ、今すぐ会いたい。
ただその一心で発信ボタンを押した。何を話せばいいのかなんて全く考えてなくて、今更焦る。呼び出しのコールがいつ途切れるのかドキドキしながら待ったけどそれは無機質な留守番電話に繋がってしまった。
寝るにはまだ早いけど、仕事はとっくに終わってるはずなのに。
「ねぇ、今、何してるの?」
俺は、君のこと考えてるよ。
「ただいまー」
「おーお帰り、遅かったな」
「スーパーで買い物してきたの。食事二人分要るからね」
あたし一人なら何だって良いけどお兄ちゃんいるし、やっぱそれなりにちゃんとした物作らないといけないし。
「今から作るから、先にお風呂どーぞ」
「はいよー」
バッグをソファに投げるように置き、直ぐにエプロンに手を伸ばした。バッグの中に入っている携帯が震えていたことは全然気づけなかった。
「あー、今日も疲れたぁ」
「飲むか?ビール」
「いらなーい、あたしもう寝るから、電気よろしくね」
寝室に入り電気を点けてバッグを見る。携帯がチカチカ光っているのが目に入ったのと同時にペディキュアが剥がれかけているのも視界に入る。仕事柄、手の爪は派手な色に塗れない為基本淡いピンクなどだが、足の爪は自分の好みにしている。真っ赤なつま先。竜太朗さんが細かい所まで気を使ってるね、って言ってくれた事があった。それ以来、もっと手入れをマメにしている。今日は疲れたからサボってしまいたい、けど……。
結局は睡眠<竜太朗さんになってしまうのだ。
きっと、竜太朗さんは知らないんだろうな。
全部全部竜太朗さんに良く見られたいからなんだよ。
どんなに疲れてたって、あたしは竜太朗さん第一で。
竜太朗さんは、どんなときにあたしを想ってくれるんだろう。
規則正しく点滅を繰り返して知らせる携帯に気づきながらも、どうして開かなかったのかと後悔するのは翌日起きてからのこと。
「………うそぉ、」
着信あり。有村竜太朗さん。
うそでしょ、しかも昨日、ばっちり起きてる時間じゃん。無視されたとか、思ってないかな。どうしよう。
「とりあえず電話して謝ろう、っていってもこんな朝早く…?」
彼は一般人ではない。あたしとは生活が違うし、必ずしも夜寝て朝起きるとは限らない。そういう不規則な生活をしているはず。
「メールしとこ……えーっと、昨日は、でんわ、出れなくてごめんなさい。忙しくて、けいたいを、確認、するまえに、寝てしまいました。こんな感じで良いかな?」
忙しくて、とか言い訳がましいかな。でも本当のことだし、良いよね。
「送信っ…と」
昨日電話、何の用だったんだろ。また部屋への誘いかな、でも2日続けて誘われたことなんて今までなかったし。
他の女の子が、ダメだったから、とか?
「!?うわぁっ」
手の中の携帯が震え出して咄嗟に通話ボタンを押した。やば、押しちゃった!
「もしもし、おはよう」
「おっ、はようございます」
少し掠れたいつもより低い声。寝起き、かな。朝から耳に悪いくらいの色気のある声。もしかしてメールの着信音で起こしちゃったかも。やっぱりこんな朝早くに送るんじゃなかった。
「……名前ちゃん、」
「はい」
「名前、ちゃん」
「…?はい、」
「もう無理、今すぐ会いたい」
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