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陽が見えない時間帯はもうすっかり冬の気配になってきた。ストールを羽織ってマンションの前でもうそろそろ来るであろう竜太朗さんを待つ。あたしが竜太朗さんの都合の良い場所まで行くって言ったんだけど、名前ちゃんの家って即答された。これも全部、あたしだけに向ける竜太朗さんの優しさだったら良いな。
「あ、名前ちゃん?」
「こんばんはっ。すみません急に……」
「それは良いけど…こんな遅くにひとりで外に居るなんて危ないでしょ!」
とぼとぼという効果音が付きそうな感じで歩いてきた竜太朗さんの足取りは何だか不安定だ。暗くてあまり見えないが、顔色も良くないみたい。仕事で疲れてるのかな。
「歩いてここまで?」
「アキラ君に送って貰ってたんだけど、途中で降ろしてもらった」
やっぱ変。今日の竜太朗さんは変。いや、失礼な意味ではなくて、いつもと違う。
「……大丈夫ですか?」
「うん。多分大丈夫。世界が回ってる…」
「は?」
それは大丈夫とは言えないのでは?ぼーっと充血した目であたしを見下ろす竜太朗さんのおでこに軽く触れてみれば標準よりかなり熱を持っていた。え!?熱あるじゃん!!
「名前ちゃんの手、冷たい。きもちい…」
あたしの手を取り頬にくっつけて言った竜太朗さんの声は何時にも増して色気があった。うわ、甘えただ。可愛いんですけど。なんて言っている場合ではない。もう立っているのも辛いであろう竜太朗さんを早く休ませてあげなければ。
「39.2℃!?」
「あ、そんなに熱あったんだー。通りでキツいわけだ。」
「キツいわけだ、じゃないですよ!良いから寝てて下さい!」
とりあえずあたしの部屋に上げベッドに寝かせて体温計で熱を計ってみれば高熱ではないか。それなのに起き上がろうとする竜太朗さんを半ば無理矢理寝かせ布団を隙間なく被せた。
薬を飲んで安静にしてれば大丈夫だよね。その前に何か食べてもらった方がいいんだけど。大好きなプリンなら食べれるかな。
「竜太朗さん、あたしコンビニに行ってきますね。」
「んー…」
「何か欲しい物は………寝てる?」
少し苦しそうな竜太朗さんの寝顔を見てると何とかしてあげたくなる。本当なら、今日は気持ちを伝えるつもりだったのにな。まぁ、そんな事言ってる場合ではなくなっちゃったんだけど。汗で額に張り付いた前髪を避けてみる。起きる気配のない竜太朗さんを暫く見つめて立ち上がり、部屋を出ようとすれば熱を持った手に引き止められた。
「どこ行くの…」
「コンビニに行ってきます。プリン買ってきますね。」
掴まれていない方の手で竜太朗さんの熱くなった手を離そうとするが更に力が込められた。
「行かないで」
「え!?あ、あの…」
「好き、名前ちゃん……大好き」
熱の所為であろう。見たことがない竜太朗さんの姿にどう対応すれば良いのやら。腕を掴んでいた手はいつの間にか腰に回されていて、結構な力で引き寄せられる。体は弱ってるはずなのにどこからこんな力が出ているのだろう。
「困らせてばっかで、ごめん…でもほんと大好き」
「……?竜太朗さん、」
まるで力尽きたように眠った竜太朗さんの腕はあたしの腰に巻きついたままで、起こさないよう引き離してベッドへと戻した。
困るなんてことないのに。寧ろ嬉しくて、嬉しすぎて泣きたいくらいなのに。
「あたしも竜太朗さんが好きです…」
眠っている彼に言ったって意味ないんだけど。
竜太朗さんの体調が良くなったら、ちゃんと言おう。そして熱で朦朧としていない竜太朗さんからもちゃんと聞きたい。
伝えたいな、早く。とりあえず火照った顔を冷ます為、竜太朗さんが大好きなプリンを買いに外に出よう。
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