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あー、俺ってば何言ってんだろ。でもさっきの名前ちゃんの言い方は、俺が芸能人だから困るみたいな感じだったから。ひとりの男としてだったら、どうなんだろうって思った。
「同じですよ、竜太朗さんが芸能人でなくても…」
「好きって言われたら、困る?」
俺の目を見ようとしない名前ちゃんはゆっくり頷いた。
これはヘコむ。俺どうすればいい?
「あ、有村さんいた!マネージャーさんが探してますよ!」
「あ、うん。…勝手に帰っちゃダメだよ?」
名前ちゃんに念を押せば小さく返事が聞こえた。
「あとね、あれ、もしもなんかじゃないよ」
「えっ」
「困るよね、ごめんね。じゃあ少しだけ待ってて」
目を丸くした名前ちゃんに背を向けて俺を呼びに来たスタッフを追いかけた。あーあ、言っちゃった。帰り、どんな会話すればいいんだろう。
もしもの話じゃないって、確かに竜太朗さんは言った。あたしはその言葉の意味が分からない程バカじゃないし、鈍感ぶるつもりもない。竜太朗さんも、あたしの事好きでいてくれてたんだ。一体いつから?分からない。あたし、全然竜太朗さんのこと見れていなかったのかも。
あたしも好きですなんて、今さら言ってもいいのかな。困るなんて言われて、竜太朗さんきっと傷ついたよね。どうしよう、どうしよう。きっともうすぐ戻って来る。まず謝って、それからあたしの気持ちを伝えて、竜太朗さんの彼女になりたい。
「あれ?まだいたの?」
「あ、お疲れ様です。竜太朗さんを待ってて…」
竜太朗さんの名前を出した途端先輩の表情が険しいものになった。やだな、また何か言われないといけないの?それに、さっき言われた竜太朗さんが迷惑してるって話は嘘だったのかな。
「あの、さっきの話なんですけど……」
「あーもうっ、嘘だよごめんね!有村さん、名前ちゃんの事が好きみたいだよ?名前ちゃんだって気づいてるんでしょ?」
うわ、どうしよう。あたし今絶対、顔真っ赤だ。竜太朗さんが、あたしを好き…。ホントに本当なんだ。
「でも迷惑してるのは本当なんだから!」
「え?」
「有村さん、名前ちゃんに遊ばれてるって思ってるよ。好きじゃないのに思わせぶりな言動が多いって、その度に有村さん傷ついてた」
「そんな、あたしはっ」
「他のメンバーも有村さんのその感情の浮き沈みが仕事に影響するって困ってたし」
そんな、あたし、そんなつもりじゃなかったのに。ただ竜太朗さんが好きで、傍にいたかったから。でもそういうあたしのはっきりしない態度が、竜太朗さんには思わせぶりに映ってたのかな。仕事に悪い影響が出るくらいに。あたし、どうすればいいんだろ。
「名前ちゃんが有村さんの傍にいると、みんなが迷惑するの!」
あぁもう、なんなの。何でそんな事言われなきゃいけないの。やっと竜太朗さんの気持ちが聞けたと思ったら、傍にいたらダメなんて。
「ごめんね!お待たせ……何してるの?」
「何もしてないですよ。今日のお礼を言ってたんですー」
「ホントにそれだけ?」
「それだけですよーっ」
仲、良いな。竜太朗さん、あたしには一線を引いているような感じだから。羨ましい。あたしも、あれくらい可愛くて、積極的な性格だったら、もっと竜太朗さんと仲良くなれるのかな。冷静に考えてみれば、竜太朗さんの好きな人は本当にあたしなのだろうか。なんだかどうも違うような気がしてならない。だって、あたしなんかより彼女との方が仲良いみたいだし、あたしはただの元セフレだし。あ、今のあたしと竜太朗さんの関係を表すならこれ以上の言葉、見当たらないみたい。嫌な響き。どうしてこうなっちゃったんだろう。ちゃんと好きって伝えていれば良かった。
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