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「あたし、やります」
何を言ってるんだ自分は。
つい口走ってしまったその一言で取り返しのつかない状況になってしまった。仲良さ気に話す竜太朗さんとスタッフである友人の先輩を見て、自分の中に嫌な感情が出てきた。嫉妬してるんだ、あたし。やだな、こんな気持ち。
昨夜の友人との電話で先輩の仕事の手伝いをして欲しいと頼まれた。大学時代にお世話になった先輩らしく、断れなかったらしい。本人は都合がつけられなかった為あたしに頼んできたのだけど、きちんと仕事内容を確認して承諾しなかったあたしにも責任はあるし。
足首まである黒いワンピースを着させられ、今はお化粧を施されている。プロにメイクしてもらってるんだ。凄い。きっと最初で最後の体験だ。
「本当にいいの?」
「え?あ、はい……ひとつだけお願いがあるんですけど」
「なに?」
「顔は写さないで欲しいなって……あたし、一般人ですし、」
「そうだね、了解。交渉してくるね」
そう言って竜太朗さんはどこかへ行ってしまった。
大した知り合いじゃない、顔見知りなだけ
あぁもう、やだやだ。今日1日でショックなことが多すぎ。竜太朗さんは、あのスタッフさんが好きなのかな。仲良かったし、あたしより年上だけど、若々しくて可愛げのある人だし。
「顔の件は大丈夫だって。ごめんね?今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
黒いワンピースから私服へと着替えながらため息を零した。あんなに緊張するなんて、竜太朗さんにもスタッフさんにも迷惑かけっぱなしで申し訳なかった。竜太朗さんは堂々としていて、隣にいるのに凄く遠く感じた。やっぱ芸能人なんだなって。
「着替え終わった?」
「はい、大丈夫です」
「今日はごめんね、何も説明せずに連れて来たりして」
眉を下げて笑う友人の先輩の顔を上手く見れない。可愛い人だな、本当に。やだ、また嫌な感情が出てくる。
「……名前ちゃんって、有村さんとどういう関係なの?」
「どういう関係…」
竜太朗さんの言った事を思い出した。ただの顔見知りって、そう思われたいのかな、この人には。
「有村さんのこと好きでしょ」
どうして知ってるんだろう。あたし、そんなに分かりやすい態度なのかな。何も言えずに俯けば彼女は一歩あたしに近づいた。
「有村さん、迷惑してるみたいなの。」
「え?」
「仕事にも影響してるし、この前なんてメンバーに注意されてた」
そうなんだ。竜太朗さんは、あたしの気持ちにちゃんと気づいてたんだ。迷惑、だったんだ。でも、あたしは決めたんだもん。自分の気持ちと向き合うって。例え竜太朗さんが迷惑だと感じていても、そうはっきりと拒まれるまでは頑張りたい。
「もう子供じゃないんだから、考えて行動してね」
彼女が出て行った途端涙が床に落ちた。考えたよ、ちゃんと考えた結果だったのに。それがいけなかったの?仕事にまで影響してる、そんな迷惑だったのかな。メンバーさんにも注意を受けて、でも、竜太朗さんに突き放されるまでは……やっぱりダメ。あたし竜太朗さんの優しさにつけ込んでるだけなのかも。
「あ、名前ちゃんお疲れ様」
「お疲れ様です」
「送るからもう少し待っててくれる?」
そしてまた男性と打ち合わせを始めた。そういう優しさがあるからあたしが望みを持っちゃうんだよ。
「ひとりで帰れます。今日は足引っ張ってばかりですみませんでした」
「え?名前ちゃんっ」
聞こえないふりをして部屋を出た。あれ、出口どっちだっけ?あたしを追いかけて部屋から出てきた竜太朗さんから逃げたくて、とにかく広い廊下を進んだ。
「待ってってば!」
腕を掴んだ竜太朗さんの手にはそんなに力なんて入ってないのに痛いなんて変なの。全神経がそこに集中してるからかな。
「どうしたの?やっぱ、モデルなんて嫌だった?ごめんね、だったら今日撮った写真全部消すから」
「違いますっ」
熱が集中した目に映るのは心配そうな竜太朗さんの顔。だから、そういうのが、あたしに期待を持たせるんだってば。
「……困ります」
「え」
「昨日の答えです。あたしに質問してきましたよね?もしそうだったら、困ります」
「ぁ、……そっか、うん…そうだよね」
「竜太朗さんは、芸能人なんです。あたしとは、住む世界が違います。」
「じゃあ、…もう一つもしもの話。俺が芸能人じゃなかったら?」
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