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『もしもしっ!?』
「あ、名前です…この間は、すみませんでした」
仕事の合間に竜太朗さんに電話をした。先日のお店での出来事を謝るのを口実に。電話越しの竜太朗さんは何だか慌てた様子。
『いや、うん、大丈夫。俺の方こそごめんね?彼、勘違いしてなかった?』
「彼氏じゃないです!!」
『あ、そうなんだ…』
「そうです。…あの、それじゃあ、ごめんなさい急に電話なんかして、」
電話を切り思わず小さくガッツポーズ。よし、用件だけだったけど電話できた。彼氏じゃないってことも伝えられたし、良かった。
お兄ちゃんのお友達のことも解決して結構スッキリした頭は、ますます竜太朗さんでいっぱいになった。そうなるのは悪いことではない、好きでいるのは悪いことではない、そう考えれるようになった。叶わなくても良いって、最初そう思っていてもやっぱり欲は出てくるもので。でもこの想いを消せないことは既に実証済みだから、もう自分の気持ちから目を背けたりしない。竜太朗さんが何かを思ってあたしとの関係をやめたように、あたしには好きだという想いがあるから竜太朗さんの傍にいたいのだ。自分勝手だと思われるかもしれないけど、諦められないものは仕方ない。
えー、ちょっとヤバいってー。すーはー、すーはー。誰もいないトイレで深呼吸。仕事中に名前ちゃんから電話が来て駆け込んだのがトイレだった。だってメンバーに聞かれたくなかったんだもん。あんな激しく彼氏じゃないって否定してた。ヤバい。にやける。いや、まだ安全ではないのだ。名前ちゃんにその気がなくてもあの男は名前ちゃんを狙っている。分かるよ俺は。同じ男だからね。
あー、会いたいなぁ。
「大丈夫ですかぁ?」
「うわぁ!?」
緩みきった顔をなんとか引き締めてトイレを出ればにょっと現れた女に軽く飛び上がる。あ、誰だっけこの子。確か最近入ったばかりのスタッフさん。名前は知らない。
「急に部屋飛び出したかと思えば、トイレに駆け込むんですもん。」
「もしかして、ずっとここで待ってたの?」
「だって心配で……」
もじもじしながら上目遣いで言う彼女に危険を感じた俺は早く立ち去ることにした。だって面倒くさいことになりそう。俺多分彼女に気に入られてるみたいだから。全く気がない子に期待させるような事はしちゃいけません。昔はそんな子達には片っ端から手を出していたのだけど。
「つ、疲れた……!」
「お疲れー大変だな芸能人は」
「他人事だなーもう」
俺の嫌な予感は見事に的中し、あの新人スタッフの子の猛烈アタックは一日中続いた。おかげで精神的に凄く疲れたよまったく。まぁでも、あまり邪険には出来ないんだよな。俺も彼女と同じで片思いをしているから。気持ちは分かるし。
「でも俺が好きなのは名前ちゃん……ってえぇ!?」
め、メールが来てる!!いや、メールくらい来るよ俺にだって。しかしこれは特別。だって名前ちゃんから来てるんだもん。今日1日で電話とメール、両方来るなんて俺一年分のラッキー使ってしまったかも。受信メールを開けば、お仕事お疲れ様といった大した内容じゃない文が短く書かれていた。でも心にじわじわと熱が広がるのが分かる。直ぐに返事を打って受信メールを保護した。家に着く頃に名前ちゃんからも返事が来て、それから俺が寝てしまうまでずっとメールのやりとりをしていた。大した内容じゃないんだけど、消えないように受信メールを全部保護した。あぁ、寝不足。でも幸せ。メールひとつにときめくなんて学生時代を思い出す。
「いてっ!?」
「あ、悪い。お前の頭上に花が飛んでたから」
俺の頭を叩いたアキラ君は大して悪びれた様子もなくただ事務的に謝罪の言葉を零した。じゃあ最初から叩かないでよ。ってか、俺ってそんな分かりやすいかなぁ。
「分かりやすいよお前は」
「なんかやだ!心覗かれてるみたいで!」
「この間までこの世の終わりみたいなテンションだったくせに今日は花撒き散らしてんの。分かりやすすぎ。お前の悪い所。」
「悪いってなんでさ」
別にプライベートな事で浮かれたり落ち込んだりしても、それはアキラ君には関係ないし、悪く言われる筋合いなんてない。あからさまにため息を零した彼は話を続けた。
「太朗さ、気づいてないわけ?お前のその感情の浮き沈みでこの場の空気が変わるわけよ。勿論仕事の効率にも繋がるし、スタッフが気使ってんの知らないわけ?もっと自分の影響力ってもんを考えろよな」
アキラ君は俺にかなりの大ダメージを与え部屋を出て行った。そう、だよね。どうして今まで気づかなかったんだろう。自分のことばかりで、周りに目を向けていなかった。
「有村さん…」
「ん?なに?」
控え目に話しかけられそちらを見れば昨日から俺に猛アタック中のスタッフさんがいた。気まずそうに俺を見る彼女に昨日同様嫌な予感がした。
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