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事務所に行けば秋ツアーの打ち合わせで、それが終わればメンバー皆俺の家に集まって曲作り。こんな仕事詰めの毎日が俺を形成している感じ。
「どぅあっ、休憩っ」
上手く纏まらずイライラしだしたのかアキラくんは奇声を上げて楽譜を放り投げてしまった。直ぐにタバコに火を点けて煙を吐き出す。それを合図に皆休憩モードに入った。
灰皿に山のように溜まった四種類のタバコの吸い殻と、閉め切った部屋の空気を白く染める副流煙。なんて不健康的なんだ。
「おい、青春太朗」
「それってもしかして俺のこと?」
「もしかしなくてもお前のこと。んな年で青春満喫してる奴なんて竜太朗くらいだろ」
わ、なんか嫌な予感がする。今一番触れて欲しくない部分に触れてきそうなアキラくんを、どうやって誤魔化そうか考えているとちょうどタイミング良く俺の携帯が鳴った。
チッと舌打ちしたアキラくんに見えないようあっかんべえをして、ベランダに出て見慣れない番号からの電話に出た。
「もしもし?」
『有村さん、ですか?』
「そうですけど、どちら様?」
どこかで聞いたことのある声だとは思うんだけど、分からない。失礼だとは思ったが、尋ねれば意外な返事が返ってきた。
『名前の兄です。すみません急に電話なんかして…』
「えぇ!?」
まさかのお兄さん。大きな声を出してしまい慌てて口を塞いだが、部屋にいるメンバーには聞こえてなかったみたい。ケンケンが意味不明なダンスをしているのがカーテンの隙間から見えた。
名前ちゃんのお兄さんから電話なんて、名前ちゃん関連のことしか考えられないよね。今は考えたくないのに、といっても名前ちゃんに会っていないこの2週間、頭の中の何処かには絶対彼女がいたのだけど。
『あの、こんなの言う程の事でもないかもしれないんですけど…』
「わ!ちょっとストップ!」
『なんですか?』
「…言う程のことじゃないなら、言わないで」
電話越しのお兄さんの気持ちがなんとなく分かる。多分、怒ってる。
名前ちゃんに関するどんなこと聞いても、多分会いたくなっちゃう。別に会いたかったら会いに行けばいいのだけど、怖い。あんな別れ方だったし、また前の関係に戻っちゃいそう。俺って弱虫だから、また名前ちゃんとの繋がりを欲しがってる。
『俺があんな事言ったから離れてしまったのかと思って心配してましたが、取り越し苦労だったみたいですね』
「え、あの、お兄さん」
『あ、あと、名前はもう別の男といい感じ、でもないですが気に入られてますよ。言う程のことじゃないのはこの事でした。』
え、別の男ってなに?俺の思考がパニックを起こし止まっているうちに携帯から無機質な音が鳴り始めた。あ、切れてるし。てゆーか、別の男ってなに。意味分かんないんだけど。いや、意味は分かる。分かりたくないだけ。
「うわ、これ、キツいなー……」
わしゃわしゃと頭を掻いて無意識に携帯のアドレス帳を開いた。見慣れた名前ちゃんの携帯番号。見慣れすぎてもう覚えてるくらい。
電話、したい。声が聞きたいしなんでも良いから話したい。会いたいしキスしたいし触れていたい。俺って欲張りだ。話したいまでは良いとしよう。でもキスしたり触れたり、普通は許されることじゃないんだよな。会いたい、はどうなんだろう。やっぱ理由がないとダメかなぁ。
ぐわーっと物凄い勢いで頭を掻いて唸っている俺の横にタバコをくわえた正くんがやってきた。唯一俺と名前ちゃんとの関係を知っているスーパー雨降りリーダーにも、関係を終わらせた事は言っていない。こういう事って普通言うものなのかな。
「青春だねー」
「こんなんが青春なら俺一生青春時代なんて来なくていい」
「ははっ、そうか?でもそれがなくなったら人生つまらないよなー。竜ちゃんに残るのは仕事だけ」
「……クロを忘れてもらっては困るな」
あ、そうだった。とあまり関心がなさ気に呟く正くんは一体何をしにベランダに来たのだろう。
クロは部屋でケンケンに弄られているし、お前こんな時こそ飼い主である俺の元へ来て慰めるのが家族ってものじゃないのか。そういえば名前ちゃんはよくクロを可愛がってくれたなー。クロも名前ちゃんに会えなくて寂しいって言ってるよ。
「竜ちゃん気分転換にクロに散歩に連れて行ってもらえば?」
「え?それって逆じゃない?」
「暫く仕事も再開しなさそうだし、クロに散歩に連れて行ってもらいなよ」
だから、クロが俺を連れて行くんじゃなくて、普通なら俺がクロを連れて行くんだからね。しかしもう訂正する元気すらなくて、少し気分転換に外へ出ることにした。もちろんクロと一緒に。名前ちゃんの家方面に歩き出したのはワザとじゃないからね。クロがこっちに行きたそうだったから。
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