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「えっ、名前ちゃんてあそこで働いてんの!?凄いねー大企業じゃん!」
「いえ、そんな……」
お兄ちゃんが連れて来た大学時代の友人はスーツが似合う爽やかな人だった。しゃべり方もハキハキしていて行動もテキパキ。緩やかな感じの竜太朗さんとは真逆って感じ。
あー、ダメだな。また竜太朗さんのこと考えてる。しかも比べちゃってるし。思わず零してしまいそうだったため息を呑み込むようにお酒をまた一杯口にした。
「おい、あんま飲みすぎんなよ?明日も仕事だろ?」
「お兄ちゃんこそ」
「兄妹仲良いよねー。俺なんかもう何年も弟と話してないよ」
「そうなんですか…」
三人とも明日も仕事ということで、今日は早めに店を出た。居酒屋を出た所でお兄ちゃんの友人とは別れ、一応送ると言うお兄ちゃんと二人で帰り道を歩く。
「お前さー、なんなわけあの態度」
「なんなわけって何が?」
聞き返したけど、本当は分かってる。全然弾まなかった会話。あの人が空気を悪くしないように終始明るく話してくれていた。良い人なんだけど、やっぱりあたしは…。
「お前に頼まれたから連れて来たってのに、失礼じゃんか。」
「ごめん。でももう会いたくない」
「会わなきゃいいじゃん。あいつもまた会いたいとは思わないだろ」
「でも連絡先聞かれた…」
「はぁ!?」
静かな住宅街にお兄ちゃんの声が響きわたった。そんな吃驚することでもないじゃん。まぁあたしも吃驚したけど。だって印象最悪だったろうし。お会計前にお兄ちゃんがトイレに席を立った時、見計らったように携帯の番号とアドレスを聞かれた。断りきれず、教えてしまったんだけど、正直もう会いたくない。
「どーしよ、連絡きたら…」
「お前さ、別の男に目を向けてみようってことで今日あいつと会ったんだろ?ならいい機会じゃん。」
「そうだけど……」
正直、思い知らされただけだった。無理だよ。忘れられないし、第一、忘れたくないんだもん。
「……竜太朗さんじゃなきゃ、」
斜め上から兄のため息が聞こえた。往生際の悪い女だって呆れているのだろう。自分でもそう思う。
「携帯貸して」
「え?」
「はーやーく」
イライラしだしたお兄ちゃんに戸惑いながらもバッグから携帯を取り出し手渡した。自分の携帯片手にあたしの携帯を弄り出して、これってプライバシーの侵害だよね。
「お前有村さんの写真待ち受けにしてんの?」
「そんな人たくさんいるよ」
「はぁ?なんでだよ」
あたしに携帯を返しながら意味が分からないといった様子で兄は聞いてきた。そっか、知らないんだ竜太朗さんのこと。
「竜太朗さん芸能人だもん」
「はいぃっ!?」
本日二度目、兄の大声が夜の住宅街に響きわたった。近所迷惑だよねぶっちゃけ。
「アーティストさんなの。少し前に三度目の武道館公演やったばかりだよ」
「………すげーじゃん」
感心している兄を見て嬉しくなった。あたしも竜太朗さんのお仕事のことはあまり知らないんだけど、凄いんだよね。だって日本武道館だよ。凄いよ。それだけ、必要とされてるんだよね、いろんな人に。
「ありがとう送ってくれて」
「まぁ、お前一応女だし?じゃ、お休み」
マンション前まで送ってくれた兄の背中を見送る。遠ざかる兄が、ポケットから携帯を取り出して電話をしている姿が街灯に照らされていて分かった。彼女に連絡してるのかな。そう思い深く考えなかった。兄があたしの携帯を借りた時、何をしていたのかも疑問を持つ前に忘れていた。
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