01
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揺れる視界の中、僅かに開いたカーテンの隙間から月の光が差し込んで見えた。
「ぁっ、…りゅ、たろうさん!待っ」
その光を遮断したくて届かないと分かっているのに手を伸ばした。あたしのナカで、ゆっくり、でも強く奥を突く竜太朗さんに止めてと訴えても伝わらなくて、それどころか激しさを増した。
恋人でなければ勿論夫婦でもないあたし達の関係。竜太朗さんにとっては沢山いるセフレのうちの一人なのだろう。
こんな事、イケナイって分かっているけど、竜太朗さんに求められると拒否出来ない。早い話、あたしは竜太朗さんが好きなのだ。
彼女になりたいなんてそんな図々しいこと、思っていたとしても言わない。今、こうやって繋がっているときに幸せを感じれるから。だから、この時間だけは誰にも、何にも邪魔されたくない。扉も、カーテンも全て締め切って。
「っはぁ…気持ちいい?」
「あぁっ、…んぅ、」
そんな事聞かなくても分かってるくせに。気持ち良すぎてどうにかなってしまいそうなの。もう答える余裕すらなくて首を縦に数回振ったら竜太朗さんは切なく笑って「俺も、イっちゃいそ、」と言った。
肘を付いていた腕を伸ばし、両手の掌で身体を支えた竜太朗さんの顔が遠くなる。あたしの頬に掛かっていた竜太朗さんの黒い綺麗な髪が離れて、あぁ、寂しいなんて感じたのも束の間、緩やかだった律動が激しくなった。
「やぁぁっ、あっ!、激しっ…あんっ」
さっきまで気になってしょうがなかったカーテンの隙間も頭から飛んでいき、二人ほぼ同時に達するまでただただ揺さぶられ喘ぐだけだった。
「……帰らないと」
明日(正確に言うと今日)も楽しくない仕事だ。本当は隣でタバコを吸う竜太朗さんの横顔を見ていたいけど、彼もあたしに早く帰って欲しいはずだから。情事が済んだら、もうあたしに用はないもんね。
「送るからちょっと待って」
「大丈夫ですよ。歩いて10分程度ですし…」
「ダメ。送る。」
灰皿にタバコを押し付け赤い光を消した竜太朗さんは、気だるそうにベッドから抜け出し下に散らばった服を身にまとっていく。あたしは結局断ることも出来ず、黙って衣服をかき集めた。
車内は静寂、音楽も、ラジオすらかかっていない。外は真っ暗で景色なんて見えない。代わりに窓に映るのは自分の酷い顔。あぁ、あたしっていつも竜太朗さんにこんな顔を見せていたんだ。
自己嫌悪に陥っていると流れていた景色が止まったのが分かった。目を凝らせば自分が住んでいるマンション前。もう着いちゃったんだ。
「ありがとうございました。」
「どーいたしまして。」
助手席に座ったまま、上半身だけ彼に向けお辞儀をすると竜太朗さんも律儀に合掌して頭を下げた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、名前ちゃん…」
「なんですか?」
シートベルトを外したところで名前を呼ばれる。何か言いたげな竜太朗さんを見つめること数秒、諦めたように笑った彼はおやすみと一言言って頭を撫でた。
車が見えなくなるまで見送りマンションへと入ったあたしは一人暮らし。だが何故か開いている鍵に点いている電気。
「おー、お帰り名前」
「もう!ちゃんと服着てよお兄ちゃん!」
「俺風呂上がり。」
だから何!?と言いたかったがこんな夜中に大声を出しては隣に迷惑がかかる為こらえた。2つ年上の兄は只今彼女と同棲中であるが、よくケンカする。そしてケンカする度にあたしの家へ転がり込む。ほとぼりが冷めた頃、出て行くのだが。
「だいたい今同棲してるマンションってお兄ちゃんが家賃払ってるんでしょ?どうして彼女さんが出て行かないの?」
「バカ、女に出て行かせるなんてできるか!」
なにこの格好付け。そのお陰であたしは迷惑してるっていうのに。
「お前もそろそろ男作れよなー、ま、お前が寂しい女なお陰で俺は遠慮なくここに転がり込めるんだけどさ」
「お兄ちゃん居候だから玄関で寝てね」
「わー、ごめんって!いつも通りソファ貸して!」
地団駄を踏むお兄ちゃんに毛布とソファを提供し(あたしって優しい妹)お風呂に入る。鏡に映る自分の身体に付いた朱い痕。キスマーク、いつの間に付けられたんだろう。
あたしの事思って抱いてくれるから、たいして遠くないのに送ってくれるから、彼のモノじゃないのにキスマークなんて付けられるから、だから踏ん切りがつかないって竜太朗さんは分かってるのかな。
この痕が消えなきゃいいのにって、あたしが思ってること、きっと知らないんだろうな。
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