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そういえば竜太朗さんと出掛けるのって初めてだ。うわ、緊張するなー。洋服選びに時間が掛かり過ぎて少し待ち合わせの時間に遅れてしまい、駆け足で向かった駅前には見慣れた姿が既にいた。服くらい前の日に決めておくんだった。
竜太朗さんはあたしの姿を見つけるなり笑顔になって手をブンブン振る。うわ、可愛いんだけど。通行人のお姉さんとかも竜太朗さんを見て頬赤くしてますよ。
「すみません遅れて、」
「大丈夫だよ。どこ行こっか?」
「え、決めてないんですか?」
「うん。悩んで悩んで悩み倒した結果決まらなかった。どこか行きたい所ある?」
えー。あたし全く考えてなかったよ。竜太朗さんが決めてくれているとばかり思ってたから。ここでの答えは大切だよね。何て言おう。映画とか?無難すぎるかなー。しかも今って何があってるのかさえ知らないしな。
「じゃあ、竜太朗さんが良く行く所に行きたいです」
「え?そんなんで良いの?」
「はい。寧ろそれが良いです」
竜太朗さんが普段どんな生活をしているのか気になった。良く行く洋服屋さんは?外食はよくするのかな?その髪型はどこの美容室でキープしているの?100円ショップとか……行くわけないか。
「そう?分かった!じゃ、行こう」
差し出された手に戸惑いはしたものの、普通に繋げたと思う。その大きな手はなんだか触っちゃいけない気がして握り返すことは出来なかったけど、竜太朗さんはしっかりと握ってくれていたから、ふたりの手が離れることはなかった。
俺が良く行く場所に名前ちゃんを連れ回して、こんなんで楽しいのかなーって思ったけど彼女は終始笑顔だった。帰り道を歩く今も笑顔で、ちょっと買いたいものがあったから100円ショップに寄った時が一番ニコニコしてた。名前ちゃん100円ショップ好きなのかな。俺も結構好きでお世話になってるんだよね。
繋いでいた手はデート序盤に鳴り出した携帯を開く際に離れてしまい、それから繋ぐタイミングを見つけられなかった。今も、ほら、触れそうで、触れられない感じ。はぁ、俺ってヘタレだ。手も繋げないで今の関係をやめようなんて言う勇気あるの?
「竜太朗さーん?」
「え?あ、どうしたの?」
「どうしたのって、あたしの家つきましたよ?」
後方で名前ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえ振り向けば立ち止まってる彼女がいた。どうしたのと聞けば名前ちゃんの家にはもうついていたらしい。俺が気づかず歩き続けていたみたい。駆け足で名前ちゃんの傍まで行った。たったそれだけで心臓が暴れ出す。走った所為なんかじゃない、緊張で。
「今日はありがとうございました。洋服まで買って貰っちゃってすみません」
「ううん、こちらこそありがとね。」
"楽しかったです"とはにかむ名前ちゃんの肩に両手を添え、顔の高さまで屈み硬直している彼女の唇に自分のそれをそっと押し当てた。
永遠のような一瞬のキスだった。
唇を離して名前ちゃんを見ればまだ固まっていて、俺が屈んだ状態から元に戻る時には頬をピンクに染め上げて俯いた。抱きしめたい。抱きしめたいけど、言わなきゃいけないことがあるから。
「もう、終わりにしよう、こんな関係」
「………えっ」
「たった今から終わりね」
「どうして?竜太朗さん?」
「今日は楽しかった、ありがとう。今度は名前ちゃんが良く行く所に連れて行ってね」
また連絡するね、とだけ言って名前ちゃんの返事も聞かず背中を向けた。だって、泣きそうな顔してたから。俺には都合良く見えただけかもしれないけど、今にもいかないでって言っちゃいそうなくらい悲しい顔してた。泣きたいのは俺の方だよ。でも、このままこんな関係続けてたらずっと変わらないままだ。俺はこんな関係に満足なんかできないから、名前ちゃんの恋人になりたいんだよ。だから一度、この間違った関係をやめないと進めない。名前ちゃんのお兄さんが言ってたっけ、今の関係から進む気がないなら離れた方が良いって。言っとくけど俺は違うよ。俺、進みたいから離れるんだからね。
でも、少し仕事ひとつに集中しようと思う。少しだけ離れて気持ち整理したいし。今はぐちゃんぐちゃんで、名前ちゃんに会ってもまた元の関係に戻っちゃいそうだから。今まで俺、会いたい時に我慢とかしてなかった気がする。受け入れてくれるからって甘えてたなーほんと。
「明日から馬車馬になるのかー」
不本意ながら約束しちゃったしね。頑張ろ。
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