長編 | ナノ
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まだ休息を求める身体と、微かな話し声に覚醒してきた脳。二つの声が扉の向こうで話している。
……竜太朗さん?起き上がり周りを見渡しても彼の姿はなく、より覚醒した脳がリビングに居るふたりの人物を確かに感じ取った。







「名前と今の関係以上になるつもりが有村さんにないなら、あいつとは離れた方が良いですよ」



お兄ちゃん?
何、言ってるの?




「体だけとか、そんな器用に男と付き合えるような女じゃないですから」




竜太朗さんの声は聞こえなかった。お兄ちゃんが部屋を出て行く音が聞こえて、それから竜太朗さんが立ち上がり寝室に近づく気配がしたので急いでシーツを被り寝たふりをする。
控え目に寝室の扉が開いて、リビングの灯りが差し込んで少し眩しい。
そうだよ。あたし、お兄ちゃんの言う通り器用な女じゃないよ。だから、竜太朗さんの恋人でもないのにこんな事出来るのは、体だけの関係だって思ってないから。少なくとも、あたしは。だって好きなんだもん。あたしは、好きだから出来るんだよ。




「帰るね…」




一言呟いて寝室の扉を閉めた。名前ちゃんのお兄さんに言われたことが頭の中でぐるぐる回る。




「好きならなんで告白しないんですか?いつまでもそんな関係、」


「出来ないよ、告白なんて」


「じゃあ有村さんは体だけが繋がれば名前との関係に満足出来るんですか?」


「それは、……」


「名前と今の関係以上になるつもりが有村さんにないなら、あいつとは離れた方が良いですよ」


「………」


「体だけとか、そんな器用に男と付き合えるような女じゃないですから」







名前ちゃんがそんな器用な子じゃないなら、どうして俺とこんな関係になってしまったんだろうね。無理してるなら、拒んでくれて構わないのに。初めて名前ちゃんに触れたあの日に拒んでくれていれば、今頃忘れられてたかもしれないのに。触れる度、触れる程、離れられなくなって、今ではもうどうしようもないくらい大好きでさ。遠慮とか優しさで受け入れてしまって、今更引き返せないとか思ってるんなら、最初から突き放しておいてよ。こんなになるまで好きにさせておいてさ、今更突き放すとかナシだよ?だから、もう少しだけ待って。ちゃんと気持ちにケジメつけるから。そしたら解放してあげるね。























あれから数日、兄は何事もなかったように旅行バッグを取りに来て彼女とグアムに旅立った。
あれから数日、竜太朗さんから連絡はない。クリーニングから戻ってきた衣装はあの夜竜太朗さんが持って帰ったようで家からはなくなっていた。
なんだか仕事にも集中出来なくて、パソコンのキーボードに指だけ置いたままぼーっとしていると携帯が短く震えた。え!?竜太朗さんからメールだ。携帯を手に取り逃げるように席を離れ使われていない会議室に入った。





"こないだ汚してしまった服の弁償をしたいです。名前ちゃんの明後日1日俺に貸してくれる?"



わ、本当にしてくれるんだ。そんな事しなくて良いのに。でも自然と緩んでしまう口元を隠せずに直ぐに返事を打った。本当は仕事だけど有休使っちゃお。










名前ちゃんからは直ぐに返事が来た。良かった、俺にくれるみたい。



「てことで、明後日1日お休みもらいまーす」



スタジオでマイクを通しメンバーやスタッフに伝えると直ぐに反応を示した皆さん。


「寝ぼけてんのか?てか寝てんのか?」


「お願い!明後日1日だけでいいから休みください!それからはもう馬車馬のように働きますから!!」


「言ったな竜太朗。俺の馬車馬になってもらうからなー」



それなんか違くない?思ったがせっかく休み貰えたし取り消しになったら堪らないので何も言わなかった。
仕事に熱中しようと思ってるのは本当だし、てゆーか忙しくないとやってられないと思う。俺には、このバンドしかないし。

明後日は、何処行こうかな。映画?遊園地とか?前からしたかった名前ちゃんとのデートがやっと叶うっていうのにやっぱ素直に喜べないや。名前ちゃんとこの関係を終わりにするって決意したのに今にも崩れそう。別に名前ちゃんを好きでいるのをやめるわけじゃない、この関係をやめるだけ。この関係だけが俺らの唯一の繋がりなのにね。





















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