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車が揺れる度、名前ちゃんの肩に俺の腕が当たって、うわ、緊張するー。
どうしてこんな事になっているのかというと、それは少し時間を戻して見てみよう。
車に揺られながら仕事先に向かっていた。今日は某雑誌の撮影だ。と言っても、俺と正くんだけで、アキラくんとケンケンはお留守番。助手席に乗った正くんと、隣に乗ったマネージャーと、運転席の専属ヘアメイクさん。何時もの光景に飽きた所為なのか、何だか無性に喉が乾き、途中で少し寄り道してもらうことにした。時間もあまりないということで、コーラをお願いしてテイクアウトで買ってきてもらうことに。小走りして店へ入って行く逞しいヘアメイクさんの後ろ姿を見つめる。このお洒落なカフェとミスマッチ!
ガラス張りのお店は観葉植物が沢山並べてあり、中の様子はその隙間からしか見えないけど、入り口付近で何か起きてるみたいだった。見慣れた後ろ姿が弾き飛ばされていたような…?気になった俺は見に行くことに。野次馬精神旺盛な正くんも一緒に来た。
お店に入って直ぐ状況を把握した。ヘアメイクさんの持ったジュースは殆ど中身が入っておらず、倒れた女の子に、無惨にも黒やオレンジに染まった洋服。その姿に見覚えがありすぎる俺は、まさかとは思いつつ、最初に声を発した正くんに続き女の子に話しかけた。
「あ、やっぱり名前ちゃん」
「竜太朗さん!?」
「え、この人が有村さん!?うわ、雑誌で見るより男前!!」
「あ、どうもはじめまして。有村竜太朗と申します。」
「はじめましてー名前の友人の高橋です。」
名前ちゃんのお友達との自己紹介を終え、次は正くんと挨拶をしてるお友達を見つめる名前ちゃんに手を差し伸べた。わ、ほんとに悲惨。どんな風にぶつかったらこんなに悲惨な状況を作れるのだろう。
「ごめんね名前ちゃん」
「竜太朗さんが謝ることじゃないです!それに、大丈夫ですから。」
「でも、どうしようか、その服…」
このままにしとくなんて出来ないし、かと言って着替えなんて持ってないし。
「撮影場所には衣装沢山あるけどね。男物だけど。」
「……正くんナイス。行こう名前ちゃん」
「え、え!?」
混乱する名前ちゃんの手を半ば強引に引いて車へと乗せた。お友達も誘ったけど、まだ買い物がしたいからと名前ちゃんを任せられた。そして冒頭に至る。
名前ちゃんが加わったことで後部座席は3人になり、俺は真ん中。ぶっちゃけ乗り心地悪い。最初は名前ちゃんが真ん中に乗ると言ってくれたんだけど、それじゃあマネージャーとも隣同士になっちゃうしそれは嫌。マネージャーも自分が真ん中にって言ってたけどそうしたら俺と名前ちゃんが離れてしまう。それも絶対嫌。ということで、無難に俺が真ん中。
「あたしなんかが行っていいのでしょうか?」
「いいのいいの!素はといえばこっちが悪いんだし、ね?」
「ほんとすんません…」
大きい体を縮こませ、運転しながら謝る事件を起こした犯人。安全運転で頼むよ。
名前ちゃんはというとガサガサと自分の荷物を漁っていた。
「あー、やっぱないです」
「どうしたの?」
「今日買った服に今着れるようなものあったかなと思ったんですけど、靴とかばっかで…」
「心配しなくても、ちゃんと衣装貸すから。本当はお店で好きな洋服買ってあげたいけど、今日は時間がないからまた今度ね」
また今度って、今度会ってくれるってことですか?
というか、居心地が悪い。部外者のあたしが行って良いのだろうか。マリのやつ、あんた今日沢山洋服買ってたじゃん。今の時期着れるようなやつ。それなのににっこり笑ってどうぞ連れてってくださいって、絶対確信犯だ。
竜太朗さんの隣に座っているのは、マネージャーさんかな。助手席にいる人は多分メンバーの長谷川さん。金髪に細身、雑誌で見たことあるから。で、運転しているあたしにジュースをかけた人がヘアメイクさんらしい。素晴らしいギャップ。竜太朗さんの、一番近くに居る人達なんだ。あたしは、そのもっともっと外側の人間にすぎないんだ。あたしは、竜太朗さんの何を知っているというのだろう。お仕事のことも、良く知らない。雑誌は立ち読み程度だし、ライブだって行ったことがない。音源だって聞かないし。CD、買ってみようかな。
ダメだなぁ。そんなんじゃないのに。別に竜太朗さんがアーティストだから好きなわけじゃないのに。お仕事のことを知って、一体何になるっていうんだろう。あたしが好きな竜太朗さんと、雑誌に載ったりステージで歌を歌ったりする竜太朗さんは違う。………違う?ううん、違うんじゃない。同じだよ。有村竜太朗さんはひとり。だから、知りたいと思うんだ。好きだから一番近くにいたい、もっともっと知りたい。どんな竜太朗さんでも、それはあたしの大好きな竜太朗さんであることに変わりはないのだ。
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