長編 | ナノ
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手を伸ばせば簡単に届くのに触れられないのは、俺が臆病だからという理由以外の何物でもないんだ。


何度も何度も触れてきたその肌は、やっぱり飽きることがなくて今この瞬間も触れたい。
身体だけじゃない。名前ちゃんの心にも触りたい。触って、想いを感じて、俺の想いを伝えたくて。

言葉に出来ないそれを、正確に俺とは別の人間に伝える方法なんてこの世の中には存在しなくて、また俺は間違った手段を使う。


順序がバラバラになっちゃっただけだとか、好きじゃなきゃシないとか、言い訳は多分沢山あるんだけど、そんな胡散臭い言葉で片付けられる程度のものじゃないんだよ。
名前ちゃんとこういう関係になってから俺は、他の女の人とは一度もセックスしてないし、もし名前ちゃんが俺以外の男ともこんな事シてるって知ったら多分発狂しちゃう。



我慢出来なくて手を出してしまったのは本当だけど、言葉に出来なくて手を出してしまったの方が正しいのかもしれない。いつだって名前ちゃんを前にすると恐怖が生まれる。恋しくて愛しくて大好きで仕方なくて、それらの感情に混ざってくる恐怖が俺を間違った方向に動かすんだ。怖かった。好きって、伝えても、断られちゃったら?だから俺は自分を守る方法を選んだんだ。もし、名前ちゃんに拒否されても、一人の男の気の迷いで誤魔化せるから。
だからきっと今のこの距離は俺への罰なんだよね。触れる度、こみ上げてくる痛いくらいの想いを辛うじて喉で止めて、伝えられないのは自業自得。

それでも、優しくすれば伝わるかな、とか考えたりして、結局は気を使わせて終わりなんだけど。





「じゃ、俺帰るね。お仕事頑張って」


「あ、竜太朗さん!しおりありがとうございました」


「………………あ、しおりね。どういたしまして。お兄さん元気?」


「え、兄と何か話したんですか!?」


「うん。名前ちゃんをよろしくって言われちゃった」


「ええ!?」


「妹思いの良いお兄さんだね」




顔を真っ赤にしてわたわたしてる名前ちゃん。あのクソ兄貴、と言ったことは聞かなかったことにしておこう。


あまり長居するのも悪いので(なんたって名前ちゃんは仕事中)もう帰ることにした。俺が手を振れば控え目に振り返してくれて、あ、新婚さんのいってらっしゃいってこんな感じなのかも、とか妄想。うん。後ろのデッカいビルが温かい家だったらそんな感じ。
それにしても名前ちゃんの会社は大きかったな。きちんと大学を出て就職して、成功してるよな。俺なんか学校もろくに出てないし、この世界で歌を聞いてくれる人たちがいるから生きていけてるわけで。もしそうじゃなかったら、たとえどんなに歌うことが好きでも続けられないと思う。だから俺は幸せ者。沢山の人たちに大好きな歌を歌わせてもらって、大好きな子がいて、その子は俺に笑顔を見せてくれる。それってかなり贅沢だよね。
それだけで凄く凄く幸せなことなのに、それ以上を望んでしまうのはやっぱり俺が人間であるからで、それは悪いことじゃない。良く言えば現状に満足することなくもっと上を目指すということ。悪く言えば欲深いだけなんだけど。うん、人間って難しい。他の動物だったらもっと単純に生きられるのに。弱肉強食の世界で、子孫を残す為だけにセックスをしてさ。単純なんだけどやっぱ俺人間で良かったかも。悲しみとか苦しみとか厄介な感情が沢山あるんだけど、歌うことの楽しさや嬉しさがあって、誰かを愛しく恋しく想って、セックスだって、名前ちゃんが大好きだからそこには体だけの気持ち良さ以上のものがある。

名前ちゃんが俺を好きになってくれたら、きっと、今以上に素晴らしい世界なんだろうな。
だから、だから俺は、諦めないんだぁぁぁ!!





「ママあのひと○面ラ○ダー!?」


「見ちゃいけません!!」





空高く振り上げた拳。そんな俺を見た子供は変身するとでも思ったのか、キラキラした目でお母さんに話しかけていた。そんな子供を無理矢理手を引いて連れて行くお母さん。ごめんね、俺はヒーローじゃないんだよ。

軽く痴態を晒してしまい、俺は逃げるように家へと帰った。





















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