短編 | ナノ
君、リセット
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「あ、やられた…」



テレビ画面が真っ黒に染まり赤い色でゲームオーバーの文字が浮かび上がった。そしたらリセットボタンを押す。セーブした場面からまたやり直し。あのボスにやられる前からやり直しが出来る良いシステムだ。そして一度プレイしている俺はそのボスの戦闘パターンをだいたい分かっているから比較的スムーズに勝てる。進化したな、ゲームも。

なんだかやる気がなくなって電源ボタンを押し、コントローラーを放り投げた。傍にあった携帯に手を伸ばし意味もなく受信画面を開く。開いて、やっぱり閉じて、でも結局開いて、また俺は後悔する。
無機質な携帯画面の中の文字をこんなにも愛しく思う日が来るなんて、あの頃の俺は考えもしなかったのだろうな。だって、あの頃は名前が俺の傍に居て、その声で想いを伝えてくれていたから。こんなメールはオプションに過ぎなかったんだ。それが今は大切すぎて消せないよ。


あれから俺は止まったままで、まるでセーブしてから一回も電源を入れていない放置されたゲームみたいで先に進めない。進みたくもない。願うのは、戻りたい。しかしながら今の科学の技術では過去に戻るタイムマシンなんてものは作り出せなくて、それは多分永遠に。ならせめてリセットボタンを作ってよ。ゲームみたいにさ、そしたら人生マメにセーブして、好きな時にリセットするのにさ。




「あーあ、これがリセットボタンだったら良いのに」




画面に浮かび上がる"メールを削除しますか?"
決定ボタン押したらリセット出来る?戻ることが出来ないから、先に進むしかないから。これを押したら俺の記憶にある名前をリセット出来るのだろうか。ゲームを最初から始めるみたいに、どんどん上書きしてってさ、名前を塗りつぶしてくんだ。

クリアボタンを連打して待ち受け画面になった携帯を閉じた。出来ないよ、消すなんて。でも、俺の中の名前がどんどん思い出みたいになっていくのはどうにもできなくて、いつかは忘れてしまうのかな。人間は忘れていくものだから、人間は覚えていくものだから。名前との出来事が思い出になって、新しい出来事が上書きされて、それがまた思い出になって。そんな連鎖の中、この携帯の受信フォルダが俺の記録。でも、記憶はもうそろそろ期限切れになっちゃいそう。
名前が俺の傍にいなくても時間は一定の速度でどんどん進んでいって、それを重ねる度に俺は彼女の事をひとつずつ忘れている。きっと今既にいくつか記憶をなくしてしまっているのだろう。忘れたことさえも忘れてしまっている俺は多分幸せ者。あと、何日、何ヶ月、何年たてば、俺の中の名前が全部全部消えてしまうのだろうか。そうなる事が怖いのに、彼女に関する出来事が全てなくなってしまう日を少しだけ期待しているのだ。










(だって忘れたことさえ知らない)
(それが人間をリセットするということ)
(そうすれば俺はまた進み出せる)
(一番大切なものはもう手に入らないけど)


(バイバイ、全部リセット)











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