就職

「好きです。」
その言葉を伝えたときに、先生は言っていましたね。
「君はまだ学生だから君の思いには答えられない。」
その答えを聞いて諦めきれればよかったのに、いつまでもずるずると引きずっています。
叶わない想いと分かっていても私は貴方の事をお慕いしています。




私が片思いを続けている相手は土井先生こと土井半助先生。
くのたまの中では利吉さんや六年生の先輩方が人気であまり話題にのぼらない。
先生と生徒という関係もあるのだろう。
私が土井先生に惹かれたのは、くのたまの五年生の終わり。
周りのくのたまの多くは行儀見習いとして入学した生徒も多く、上級生で残ったのは私を含めてたったの8人。六年生が一人に五年生が私を含めて三人。四年生が四人である。
切っ掛けは成績があまり良くないので、日課の自習をしていた時。
自分でも目に見える成果が得られず焦っていた私に偶々通りかかったであろう土井先生の一言である。
「苗字いつも頑張っているな。少しずつだか、良くなっているよ。焦らなくても大丈夫だ。」
そう言って頭を撫でてくれた。
忍たまも通る場所なので、先生が知っていても可笑しくはない。
それでも自分の頑張りを見ていてくれたことが、何よりも嬉しかった。
最初は憧れ。それが段々と恋愛へと変わっていった。
周りの人は先生と生徒の恋愛なんてと笑うかもしれないが、私は本気で恋をしている。
土井先生に恋をして私が告白をしたのは六年生の始め。
最後の一年間だからこそ悔いを残したくなかった。
それでもけっきょく想いは捨てられず、未だに片想いである。
六年生になり危険な実習も増えてきた。勿論忍たまの六年生に比べれば、難易度は少しだけ低いかも知れない。
それでも、自分の未熟さを知り自習を増やしていた。

六年生の夏に自習をしていて、再び土井先生が通りかかった時に突然声をかけられた。
「そこはもう少し肘を曲げた方がいい。」
その言葉に驚いて先生を見る。
「えっ?」
「君は動きながら手裏剣を打つときに癖がある。その癖を直せばもっと良くなるはずだよ。」
笑顔のまま土井先生は教えてくれた。
言われるがままに手裏剣を打つと、的の真ん中に命中する。
驚いて先生を振り向くと、先生は笑顔のまま「良くできました。」と私の頭を撫でてくれた。
突然のことに暫くぼうっと。立ち尽くしていた。
カーン
その鐘の音に、私は正気に戻った。
そして、私は真っ赤になりながらも、お礼を言いくのたまの長屋に帰っていった。
それから何度か土井先生が通るたびに指導してもらった。
そして、いつの間にか示しあわせたように同じ時間と場所で自習をするようになっていた。
先生は私が自習をするたびに来てくれるようになり、熱心に指導をしてくれた。
先生が自分の受け持ちの生徒でもないのに、指導してくれるのが不思議である日先生に一つ質問をした。
「先生はなんで私の自習に付き合ってくださるのですか?」
先生は一瞬キョトンとした表情になるが、すぐに笑顔になり答えてくれた。
「それは苗字が、一生懸命勉強しているからだよ。教師として一生懸命な生徒に教えるのに理由なんかないんだよ。」
その言葉に嬉しい反面、ツキンと心が痛んだ。
先生にとって私は只の勉強熱心な生徒であり、女としては見られていないことが分かったからである。
それから私は自習の場所をくのたまの敷地に変え、土井先生に会うことも減っていった。
そして季節は移り変わり秋から冬へとなっていった。
私はくの一として就職先を探していた。
しかし、どこも欲しがるのは男の忍ばかり、くの一として雇ってくれるところは中々なかった。
なんとか面接まで行っても、結果は不合格。
周りのくのたまや忍たまは次々に就職先を決めていた。
あちらこちら探して周り、くのたまの先生にも紹介してもらったが全て不採用であった。
結局、就職先が決まらないまま卒業式前日を迎えてしまう。
明日は卒業式だと、ざわめく周りに嫌気がさし学園内を一人でふらついていた。
気がつくと土井先生と自習をしていた場所に来ていた。
「苗字?」
その声に振り向くと、土井先生が、たっていた。
何となく気まずくなり俯きかげんになってしまう。
暫く沈黙が続いたが。土井先生が先に口を開いた。
「就職先は、決まったのかな?」
あくまで穏やかに優しく話しかけられる。
その優しい声に、名前は思わず涙を溢す。
「あんなに頑張ったのに、私だけ就職先が決まらないんです。」
一度でた涙は中々止まらず、まるで小さな子供みたいに泣きじゃくった。
土井先生は、そんな私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「卒業式の後に、此の場所に来てくれないか?話があるんだ。」
私は涙を流したまま頷いた。
それからのことはあまり覚えていない。
ただ、いつの間にか涙は止まり、同室の子が無言で温かいお手拭きを差し出してくれたことだけは、覚えていた。
卒業式当日
私は就職先が決まらないまま卒業式を迎えてしまった。
暗い気持ちで気分が沈んだままだったが、せっかくの卒業式に水を指すまいと気丈に振る舞った。
卒業式の後に土井先生との約束があったので、同級生達をいなして約束の場所に向かった。
「就職先を紹介してくれるのだろうか?」
そんな淡い期待を抱いていたが、くのたまの先生でもないのにそれはあり得るのだろうかと疑問に思った。
約束の場所に向かうと先生はまだ来ていなかった。
「待たせてしまってすまない。」
申し訳なさそうに眉をさげた先生が現れた。
「今来たところです。ご用件は何でしょうか?」
その言葉に、土井先生は頬を掻いて視線を一、二度さ迷わせる。
暫くすると深呼吸をして恐る恐る話始める。
「あの時の告白だが、まだ有効だろうか?」
突然のことに息を呑む。
すると目の前に小さな花束が差し出される。
「あの時、本当はとても嬉しかったんだ。だけどね君は生徒で私は先生だ。だからあの時は君の思いには答えられなかった。けれども君はたった今卒業した。これでやっと君に伝えられる。卒業おめでとう。好きだ。もしも嫌でないのなら私のもとに永久就職してくれないか?」
そこには何時もの先生の顔でなく、土井半助という一人の男の顔があった。
「喜んで。」
その言葉とともに土井先生に抱きつく。


私は今日忍術学園を卒業して、苗字という名字も卒業する。
今日からは土井名前として新しい世界を生きていく。
世界で一番愛しているこの人と。




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