僕達の思い出は竜になった
その日、僕は私物をすべて燃やした。
燃え上がる炎と、空に昇っていく細い煙。ゆらゆら動く姿が蛇のようで視線を逸らす。
「伊作、まだ火はあるか?」
「小平太……。うん、さっき僕と留三郎が燃やしたばかりだから、少しだけど火種は残ってるよ」
「よかった」
灰や炭に変わってしまった僕と留三郎、それから仙蔵、文次郎、長次の私物をかき分けて小平太が数少ない私物を投げ込んだ。消えかかっていた火が命を吹き返す様に燃えはじめ、細くなっていた煙は蛇から竜へと変貌する。
私物、と言っても大したものではない。学園から借りていない物となると、皆両手に収まるほどの量しかなかった。
下級生の頃に使っていた服や草履は、後輩たちに渡した。僕の私服は度重なる不運でぼろぼろだったから、僕から後輩にあげられるものなんて殆どなかった。だから代わりに、新品の薬研を学園に収めた。僕に出来ることなんてそれくらい。
「小平太が一番最後だなんて、なんか意外だね」
「私は学園に未練がなさそうだと思っていたのか? 卒業後のために、学園での思い出なんてすぐに捨てられると?」
「言い方はあれだけど、そう思ってたよ」
「私もだ」
困ったように、その特徴的な眉を下げる小平太は少し目が腫れているように見えた。もちろん、指摘はしない。
「プロの忍になるために入ったんだ。その為ならどんなことだってするつもりだったし、どんなに厳しい試練にも耐えてきた。それなのに、こんな、卒業当日になって一番辛い思いをすることになるなんてな」
この“儀式”をするように伝えられたのは今朝のことだった。卒業当日……といっても仰々しい式なんてものは無くて、ただ学園長から少し言葉をいただいて、お世話になった先生方や後輩たちと少し言葉を交わす程度のことしかない。一連の工程を終えた頃、僕たち六年生は六年い組の教室に呼び出されて、先生からこう告げられた。
「この学園の思い出が詰まった私物は、後輩に渡せるもの以外全て自分の手で燃やすように」
当然だと思った。思い出は未練になり、未練は足枷になる。特にプロ忍になるものはそうだ。誰が城勤めになったかとかは知らないけど。さっきの話からして小平太はきっとプロの忍になったんだろう。
「それくらいこの六年間は、私にとって大きかったんだ」
「小平太だけじゃないよ。僕も、留三郎も、私物を整理しているときに泣いたもの」
「ほんとか?」
「留三郎、鼻水が止まらなくてね」
「ははは! 汚いな!」
「僕に、鼻水を止める薬は無いのか? って。あるわけないよ!」
「留三郎の泣き顔なんて、下級生の頃見た以来じゃないか? そういえばあいつは腫れた目がなかなか治らなかったよなあ。あとでからかいに行ってやろう」
「今は、泣いたことを文次郎に知られたくないからって部屋に引きこもってるよ」
「ならば文次郎も連れて行こう。……さっき長屋の廊下ですれ違った時、文次郎も目が真っ赤だったからな!」
僕たちがこの学園の生徒でいられるのはあと少しだ。暮六つの時鐘が鳴ったら校門に集まって、一歩外に出たら、もう僕たちは“忍たま”じゃなくなる。
「短かったなあ」
「いーや、長かった」
「そう?」
「……なあ、さっきの部屋に行くっていうのに、長次と仙蔵も加えて良いか?」
最後、これがきっと最後だ。皆で集まれるのは。
「いいよ。出来るだけ早くね」
「わかってる! さあ、そうと決まればいけいけどんどんだー!」
もう聞き慣れた掛け声を発しながら、小平太が長屋に向かって走っていく。振り返ると、灰と炭の山はまだ赤く、じわじわと燃えながら空に竜を昇らせていた。手にした鋤で、近くに空いている穴にその山を落として埋めた。この穴はきっと四年い組の綾部喜八郎が掘ったものだ。少し前に僕が落ちた。
土をかけていくと、残っていた火が消える。辺りはうっすらと暗くなり始めていた。時間が近付いている。暗闇に乗じて、帰路へつくんだ。忍らしいでしょう?
「伊作! 遅いぞ! 早く来ないと仙蔵が泣き止んでしまう!」
流石の素早さで戻ってきた小平太が、ひょいっと僕を持ち上げた。
「それは見なきゃね」
「そうだろう」
くすくす笑うと、長屋の方から「小平太、声がでかい!」と仙蔵が叫ぶのが聞こえた。