夏の課外はきつい。

教室はクーラーがききすぎて肌寒いのに廊下は異常なくらい暑いし、頭のなかは文法や数式が氾濫して今にもパンクしそう。


高校3年生
先生曰く今後の人生を決める正念場。
私もそうだと思う。もうのんびりはしていられない。進路を決めて頑張っていかなければならないんだ。…でもそう思うとますますやる気がなくなる。家ではまったくやる気がでないから居残りをしてみたものの、どうにものらない。



「(…ずっと高校生でいたいなぁ…)」



まず無理だろうけど。参考書にはしらせていた蛍光ペンを机に放って立ち上がった。
窓を開けて熱気を堪えながらグラウンドを眺める。課外を終えた下級生たちが部活動をやっている。見知った同級生はみんな引退しているから、ちょっとだけ寂しいな。



「(…えーっと、どこにいるかな……)」



お目当ては2年の鉢屋くん。
私の好きな人。


私が自分の気持ちに気がついたのは、皮肉にも灰色の3年生になってからだった。卒業は目前だし、しかももう夏。受験戦争が始まってしまった。恋が始まるにはなにもかもが遅すぎたのだ。
さようなら、私の青春。



「(…どこかなー)」



でも、私は相も変わらず片想いをしている。
彼の走っている姿が好き。
凛とした横顔に汗を沿わせて、背には緊張を乗せて。一瞬を駆け抜ける鉢屋くんがひどく魅力的

彼がグラウンドに立つだけで、ただの茶色い砂の世界が急に鮮やかに見えるから不思議。だからついつい見てしまう。
運よく私の教室はグラウンドに面しているから、格好のポジションなのである。

あれ、今日はまだ来てないのかな。いつものところにいない。



「誰を見てるんですかー?」

「好きな人だよー」

「へぇ。何部のどいつです?」

「えっとね、え…?」

「やっほ!名前先輩」

「…ふ、不破くん、だよね?」

「えっ?違いますよ、雷蔵じゃない。鉢屋のほうです」

「っぎゃああああああ!!!!!」

「おぉ!?」

「はははははは鉢屋く、なにして、ここ3年生の棟だよ!?」

「いやーグラウンドから先輩が見えたし、練習前だったからここまで上がってきたんですけど。なに焦ってんですか?」

「焦ってない!」

「?」



まさか本人が来るとは。
だからいなかったのか。
よかった、鉢屋くんに『あなたを見てましたー』なんて言った日には、もうおしまいだ…!



「ねえ先輩」

「なに?」

「俺ね、ポカリが好きなんです。あとで差し入れしてくれません?」

「う、うん。わかった。持っていく」

「はい。あと、見てるだけってつまらなくないですか?」

「えっ」

「夏本番がもうそこにまで迫ったんですがね、まだ名前先輩は降りてこないのかなーって。待ちくたびれましたよ」

「…もしかして」

「ええ。ここから見てましたよね?俺のこと」

「!!」

「そんなに見たいなら降りてきたらいいのに」

「ごめん!私、あの」

「気にしなくていいですよ、俺、先輩のこと好きですから。むしろ見てほしいくらいで」

「へ」



鉢屋くん、今なんて言った?



「俺ね、好きなんです。先輩のこと。1年の時からですかね、片想いってやつです」

「な、な…、なんで」

「いやーでも安心しました。他の奴を見ていたのなら相当ショックうけたはずですから。よかったよかった」


「三郎ー!練習始めるぞー」

「おー!今行く!…それじゃ先輩、またね」



鉢屋くんは私の頬をぶにっとつねってから、走っていった。

ど、どうしよう
気づかれてた!それに、す…!


嘘だ、あれは嘘だ!
どっきりかなにかで、



「ああ先輩」

「ぎゃあ!?」

「まだ残ってたりします?」

「う、うん、課題しようかなって」

「そうですか!じゃここにいてください。俺、5時まで部活なんで」

「?」

「一緒に帰りましょ!番号も交換しないといけないしね。じゃ、そういうことで!」



今度は手をひらひらさせながら駆けていった。帰る。……一緒に?鉢屋くんと?私が?



…こ、こんなにとんとん拍子で事が進んでいいのだろうか。



「(好きって、言ってたよね)」



…。

もしかしてもしかすると、私の青春はこれから始まるのだろうか。受験戦争にもまれながら、鉢屋くんと…あの鉢屋くんと、付き合える?



いやいやいやいや!ありえない、鉢屋くんもてもてだし…でも、とりあえず今日の帰りには会える。番号だって交換、できるかもしれないし…、ああどうしよう、恥ずかしい!!


思わず窓の桟に突っ伏すと、熱風にカーテンが揺れた。