「あ、名前」
その呟きに隣を見れば、僕と同じ顔が綻んでいた。
「雷蔵」
呼ばれ、ちらりと目配せすれば、悪戯な目が僕を見ていた。三郎が何を求めているかなんて嫌でもわかった。けれどわざと気付かない振りをする。
「なに、三郎。面倒な事は嫌だよ」
「ふふふ」
三郎はにんまりと笑うと髪紐を二つ取り出した。
「どちらが名前に似合うかな?」
「え…」
咄嗟に受けとってしまった髪紐を見比べる。鮮やかな紅色と濃淡が美しい藍色。
「う〜ん、くのいちの制服には紅色が…いやでも反対に藍色が桃色との対比でいいかもしれない…いや名前の緑の黒髪には藍色は負けてしまうから…」
いつもの悩み癖が始まり僕の意識は髪紐に集中してしまった。
「もー!鉢屋の馬鹿!!嫌い!!」
名前のその叫びに、僕ははっとして顔を上げた。
そこにはニヤニヤと名前をからかう三郎と顔を真っ赤にさせて怒る名前。ああ、またかと僕は二人に駆け寄った。
「三郎、やめなよ」
名前に本当に嫌われてしまうと目で訴えれば、三郎は両手を上げてうそぶいた。
「はいはい、悪者は退散します」
言うなり煙りのように姿を消した三郎。
「あ、私の髪紐…!」
名前はへにゃりと情けない顔で頭巾をめくられた髪を押さえた。
「なんなの鉢屋、本当信じられないっ!これから実習なのに部屋に戻る時間なんてないよ〜!」
潤みはじめた名前の目尻が可愛いなと場違いな感想を抱いた僕は綾部の蛸壷に落ちるべきかもしれない。
僕はそういう事かと名前にばれないようにため息をついた。
「名前、どっちの色が好き?」
僕は三郎に渡された髪紐を名前に見せた。
最初はきょとんと僕と髪紐を見比べていた名前だけれど、みるみる満面の笑みを浮かべた。
「こっち! 雷蔵大好き!」
名前は紅色の髪紐で手早く髪を結うと、颯爽と実習に向かった。
「三郎の馬鹿」
名前にそれは三郎からのプレゼントだよと伝えたかった。
けれど、今のタイミングでそれを伝えたのなら、彼女は受けとってくれないであろう。
「三郎、どこまで計算しているの」
わざわざ悪役をかってでる友人は僕の恋心などとおに気付いていて。
僕が三郎の気持ちに気付いた時には、名前と僕たちの関係は三郎の思惑通りだった。
「好きなくせに…」
馬鹿みたい。
三郎の気持ちが切なくて、僕は無性に三郎に会いたくなった。