「ただいまー。あっちぃー」



なんて、誰もいない部屋の電気をつけて、朝から干しっぱなしの洗濯物を取り込むべく真っ直ぐにベランダへ向かった。



「あーあ。やっぱ少し湿気ってるなぁ」



ただいまの時刻はPM.21:00。予想外に部活が延びて、洗濯物を取り込むには遅すぎる時間になってしまった。おかげでせっかく太陽の光をうけて乾いた服が若干冷たい。

仕方ないのでそのまま取り込み、カーテンレールに吊るしておく。



「はー。疲れた。あのクソじじい、話が長いんだよ」



今日は俺の誕生日だってのに。



本当なら終わったら光の速さで帰って、彼女のいない独り身ながらささやかに料理でもしてビールでも飲もうと思っていたのだ。なかなかに寂しい誕生日だが、別に一人は嫌いじゃない。


それに学校にいる間に色んな奴から『誕生日おめでとう』と言われた。とりあえずよしとする。



「夕飯、作る気になんね。もう寝っかな〜」



独り言はこの4ヶ月ですっかり慣れてしまった。一人暮らしになると誰もいないのにしゃべってしまうのだ。
携帯をチェックするも普段からメール無精な俺に届くメールも無く…。誕生日だからか余計に虚しくなった。




ちくしょう!!!!
世の中のリア充なんか大嫌いだ!!!!
あ、本音が出ちまった。









ピンポーン







そんな時に突如インターホンの鳴る音。こんな時間に誰だろうか?
少し首を傾げながら部屋にある受信機をとった。



「はい」

『こ、こんばんはぁ…』



控えめな女性の声。これは…。



『名前です。遅くにごめんね。ちょっと、用事があって』

「名前さん!?お、おう。ちょっと待って。今開ける」



俺は少しびっくりしながら玄関の鍵をあけた。
顔を覗かせたのは申告通り、クラスメイトの名字名前だった。



「遅くにごめんね」

「いや、俺は全然構わないけど。どうした?なんかあった?」

「あ、いや。今日って食満君の誕生日でしょ?」

「あれ?誕生日教えたっけ?」



名前さんは俺と同じクラスで、家が同じ地区ということで少しだけ仲がいい。伊作や仙蔵といったやつらも含めて、時々一緒に夕飯を食べたりしていた。
なんせ彼女は料理がうまい。一人暮らしの男にとって、材料費は出すとはいえこれほど嬉しいことはない。



「アドレス。数字いれてるでしょ?食満君のことだからあれは絶対誕生日だと思って仙蔵に聞いたらやっぱりそうだったから。それで…迷惑かなぁとは思ったんだけど誕生日ケーキを作ったからあげようと思って」

「うっそマジで!!」



名前さんはひどく申し訳なさそうに手に持つ箱を掲げた。



「とりあえず上がりなよ。何もないけど」

「あ、いや。……じゃあ、ちょっとだけ」



あ。ちょっと警戒されたか?いやいやいや、俺には下心なんてありませんから安心してくれ。それにしても、ケーキだなんて!!やっべ。テンション上がる。



「うおー。すげー!!」



箱から出てきたのは売り物かと見間違うほどに立派なイチゴケーキだった。



「これ本当に名前さんが作ったの!?」

「イチゴばっかになっちゃったし、暑いからクリームが少し柔らかくなっちゃったんだけど…」

「マジですごい!!写メ撮っていい!?」



大興奮。俺の誕生日にわざわざケーキ作って持ってきてくれるなんて。嬉しすぎる。クソじじいの長い話のことなんかもう忘れた。



「非常に自信はないんだけど。どうぞ」

「名前さんの料理の腕は知ってっから大丈夫だって!!」



俺は包丁と皿、フォークを持ってきて早速切りわける。ちゃんと名前さんの分も切って。
どうにかして皿にのせて早速俺は一口食べた。



……なんか食べるのが勿体なくなってくる。



「俺泣きそう」

「えぇ!?な、泣かないでよ!!」

「本当嬉しい。マジで嬉しい」



十九歳の誕生日にこんなサプライズが待っているなんて。神様、さっきリア充なんか大嫌いって言ったの訂正します。ナイスリア充。



「あ、食満君」

「ん?」

「誕生日おめでとうございます。サプライズがバレちゃいけないと思って、学校で言うの我慢してたんだ」




俺の中に爆弾が落ちた。





「やっと言えてすっきりした」



笑った名前さんが心底輝いて見えた。こんな近くに女神がいたなんて。神様、日常って素晴らしいですね。本当にありがとうございます!!!!


心の中で絶叫しながら、俺は彼女に惚れた事を自覚した。





『ありふれてる大切なこと』