「暑い…」


もうそろそろ、私の大嫌いな夏休みがやってくる。そんなわけで、くの一教室はざわざわと騒がしかった。


「あ、みんな今年はどうするのー?」

「私は両親が帰ってこいって言うから、帰省する予定なの!」

「私もー」


荷物を纏めながら、楽しそうに帰省について語る友達を、羨ましい目で見つめてしまうのも仕方がない。私の両親は大変厳しく、一人前になるまでは帰ってくるなと言われているため、帰省などしたことがなかった。一人ぼっちの夏休みを過ごすのも、今年で4度目になる。




「じゃあ、またね」

「ごめんね、早めに帰ってくるから…!」

「いいよいいよ、私のことは気にせず、帰省楽しんでねー」


そんなこんなであっという間に日は経ち、夏休みがやってきてしまった。
申し訳なさそうな顔で旅立つ同室の子を見送ってから、とぼとぼと人気のない学園内を当てもなく歩く。


「暇だな〜。今年は長いし、何して暇を潰そう…」


毎年友達が帰省の時期をずらしてくれていたため、そう長く一人になったことはなかった。しかし、今年は急な都合で帰省が早まり、一人になる時間がかなり増えてしまっていた。
忍たまはちらほら残っているようだが上級生が多く、特に彼らと関わりのない身なので、一緒に過ごすなんてことは絶対無理だった。


「う〜ん、どうしよ。…あっ、そうだ!」


学園内をうろうろしていると、名案を思い付いた。人が居ないなら、生き物に癒してもらえばいい。確か、学園では生き物を飼っていたはずだった。どんな生き物たちかは知らなかったが、うさぎくらいは居るだろう。


「よし!」


そうと決まれば早速!という勢いで、私は飼育小屋へと向かった。




「うわぁ…」


飼育小屋には、もちろんうさぎも居た。しかしそれ以上に、私からしたら危険すぎる生き物が待っていた。


「ぐるるる…」

「お、狼…?」


低い唸り声を上げ、此方を睨み付けるように歯を剥き出している灰色の巨体。恐れながらも、好奇心に負けてゆっくりと近付いていく。


「ガウガウッ!」

「ひぇっ…!」


そっと近付く私に反応するように、狼たちが小屋の扉に飛び掛かるようにぶつかり始めた。ガシャンガシャンと鳴る網が今にもめげそうで恐ろしい。


「うわ、ごめんなさいごめんなさいっ…!どうしよう…!」


興奮した狼のなだめ方なんて知るわけない。涙目になりながらオロオロしていると、後ろから綺麗な笛の音がした。


「落ち着け、お前ら」

「ひゃっ…!」


続けて聞こえてきた声があまりに近すぎて、びっくりしながら振り向こうとすると突然後ろから口を塞がれてしまった。


「んんーっ!」

「わわ、落ち着けって!狼はこっちの気持ちに敏感なんだ。怖がったり、大きな声を出したりしたら、余計に吠える」


私を後ろから抱き締めるみたいに拘束した人は、低い声で耳元に囁きかける。私はなんだかその声でやけに落ち着いてしまって、抵抗するのをやめてしまった。
そんな私の様子がわかったのか、若干力が緩められ、囁き声が少し大きくなる。


「よし、いい子だ。とりあえず、じっと狼の目を見てみろ。逸らしちゃダメだぞ」


心地いい声に思わず無言でこくんと頷くと、そっと拘束が外れた。私はそのまま、言われた通りじいっと狼の目を見つめる。狼も、透き通った綺麗な瞳で、見定めるように此方を見ていた。

ずっと見詰めていると、不思議と怖さが消えてくる。段々、愛嬌あるなぁこの子、なんて考える余裕すらでてきた。


「な?慣れたら可愛いもんだろ?」

「ふぇっ!?は、はい!」


背後に居た人の存在をすっかり忘れていた。思わず間抜けな返事をしながら振り向けば、目の前には忍たまが立っていた。それも、たぶん私の苦手な上級生。


「つーか…なんでくのたまが夏休みに、こんなとこに来てんだ?」


先輩らしき人はボリボリと頭を掻きながら、肩に担いでいた大きな肉の塊をどさりとその場に降ろした。肩まで捲り上げられた袖からは、逞しい二の腕がのびている。


「あのっ…、私は帰省できなくて1人で…だから生き物に癒されたいなぁって、その…!」


上手く口が回らないし、言いたいことが纏まらない。顔も絶対真っ赤になってる。ああもう、絶対先輩に変な子って思われた。

私が唇を噛んで俯くと、突然頭にふわりと手が置かれた。そのまま、わしゃわしゃと撫でられる。


「そっか、1人は寂しいよなぁ。よかったら、また暇なときにでも此処に来いよ。生き物たちも、生徒が少ないから寂しいだろうしな!」


顔を上げると、にかりと笑った先輩の顔が目の前に見えた。途端に、また顔が真っ赤になって、心臓がばくばくと五月蝿くなる。


「せ、先輩…!」

「おぉ、なんだ?」

「先輩は、帰省は…」

「ああ、しねぇよ。俺、生物委員会委員長代理だし、こいつらの世話すんの好きだし」


にかり、と先輩が笑う度、ばくばく動いていた心臓がきゅうっと苦しくなった。なんだろう、この気持ち。もっと先輩のことが知りたい。もっともっと、先輩と一緒に居たい。


「あのっ…!」

「ん?」


優しい顔で此方を向いてくれた先輩の手を、思わずぎゅっと掴む。


「生き物のお世話、私にも手伝わせてくださいっ…!」

「お、いいのか?」

「はい!」

「そりゃ、こっちも助かるわ!よろしくな!」


笑顔で手を握りかえしてくれた先輩に、私は完全に恋をしてしまったようです。






またあした




今年の夏休みは、好きになれるかもしれません。