頭に焼き付いて離れない風景がある。
目渡す限りの紫色と、頬の熱さと、とてもとてもドキドキした心臓。

ぬくい日差しが差し込んで、きみの顔が見えなくて
それでも笑ってるって分かった不思議な感覚

繋いだ手の強さがこの上なく愛おしかったこと



ねぇ、そろそろ
夏が来るね












わぁぁぁっ、がしゃーん
ぎゃあああ

保健室の前に立った途端聞こえた悲鳴と破壊音。
最初は一々驚いて慌てて保健室に駆け込んだけど、三年も経てば流石に馴れて一呼吸置いてから扉をあけることが出来る様になっていた。



「かっずっまー!不運委員会次期委員長代理(予定)三反田数馬くーん」

「名前、わざと言ってるって分かってるけど、不運委員会じゃなくて保健委員会だからね?」

「ふふ、ごめんね。だってその状態見たらどうしたって“不運”っていう言葉が頭をよぎるんだもん」

「…そうだね」



案の定頭から包帯やら薬草やらを被って床に転がっていた数馬は、力無く眉を下げて苦笑した。
私も笑ってしまいそうだったけど、数馬が少し凹んでいるみたいだから我慢して黙って手を差し出す。
ぶすっとしつつも素直に手を取って立ち上がった数馬に付いている葉っぱや何かの欠片をぽんぽんと落としてあげる。数馬自身も制服に付いた埃を払っていて、粗方落とせたら今度は二人で保健室を片づけた。



「今日は伊作先輩は居ないの?」

「うん、でもそろそろ帰ってくるはずだよ。一年生を連れて薬草を摘みに行ったんだ。今の季節は色々な薬草が生えてるから」

「そっか。左近は?」

「二年生は野外実習。これも今日中には帰ってくるらしいけどね。それで今日は僕だけなの」

「大変だね」

「少しね。でも名前が手伝ってくれてるから、随分助かってるよ」



包帯を巻き直して棚に戻して、シーツを畳んで床を拭く。
そうして綺麗に片づいた保健室に、私と数馬はほっと胸をなで下ろした。



「手伝ってくれてありがとう、名前」

「いいよ。いつものことだし」

「う。心に刺さるなぁ、それ」

「あら、そ?ごめんね」

「まぁ本当のことだけどね…」



大げさな溜息を溢して、数馬は途中だったらしい薬草の仕分け作業に戻った。
ゲンノショウコ、キハダ、スオウ、ニッケイ、センブリ、エンメイソウにマックリ、ドクダミ・・・私にはぱっと見じゃ何の薬になるのか分からない草花も、数馬は慣れた様子でひょいひょいと薬効毎に分けていく。
何もしないで見ているだけなのもすこし落ち着かなくて、とりあえず数馬が分けた薬草を束に纏めてみた。十本ずつ紐で縛って、乾燥させてから煎じるのだろうから保健室の薬棚に引っ掛けて干していく。
ありがとー、と間延びした声に、どういたしましてー、と返したら数馬が不意に顔を上げた。



「毎度助けてもらってるし、何か名前にお礼しないとなぁ…」

「気にしなくていいのに。私が好きで手伝ってるんだし」

「そういうわけにもいかないよ。…あ、そうだ!」



何か思いついたらしい数馬が、ごそごそと棚を探して一つの小さな巾着を取り出した。
藍色の染め生地に白と紫の花があしらってあり、黄色の結び紐には若草色のトンボ玉が付いている。
目の前に差し出されたそれを手にとってみると、ほわりと何か、花の香りがした。ほんのり微かにしか香らないけれど、優しい匂いだ。
私がとても好きな匂い。
深い紫の小さな野花。



「スミレの匂いだぁ・・・」

「それ、あげる」

「え?」

「僕が作ったんだ。香袋なんだけど…名前、好きだろ?スミレ」



他にも何個か作ったけど、それ以外はまぁ色々あって、全部ダメになっちゃったんだよね。
そう言いながら、数馬は不自然に視線を逸らした。不自然だと、思うくらい唐突に、向こうを向いてしまった。
その耳は真っ赤で。
その頬も真っ赤で。



「…数馬、ねぇ。なんで私がスミレを好きだか、知ってる?」

「色が好きだって言ってたよね?」

「うん、そう。だって、スミレの深い紫は、数馬の髪の色と一緒でしょ」



ぽかんと口を開けた数馬に、私は思いっきり抱きついた。
突然だったからさすがに数馬も私を支えきれなくて、二人して保健室の床とご対面する。
ごつん!と痛い音がしておでこを強かぶつけてしまったけど、それ以外は全然痛くない。数馬が、庇ってくれたから。
そういうところが好きだ。
数馬の、そういう優しくて、当たり前みたいに受け止めてくれる。そんなところが。

大好きで大好きで。



「ちょっ、なにっ、名前!?」

「数馬数馬っ、覚えてる?去年の今頃、一緒にお使い行った帰りに一面のスミレを見たよね。その時に数馬が凄く優しく笑ってたのが、ずっと私の頭の中に残ってるの。思い出すたびに胸がきゅうってなるの。それ以来、私ね、スミレを見ると数馬を思い出すのよ!」



貴方を好きだって、何回だって思うのよ!



「…名前、顔、真っ赤だよ」

「知らないー。数馬だって、真っ赤よ?」

「…知らない」

「ふふ。数馬、ありがとう。これ、一生大事にするね」

「匂いは一ヶ月もしないで消えちゃうよ?」

「それでもいいの。これを大事にする」



数馬に抱きついたまま、手の中の香袋をぎゅっと握り締めた。
乾燥した花びらが巾着の中でかさかさと音を立てている。強く握ればぱりんと砕けて、匂いが少し強くなった。
そっと私の背中に回された手の感触に、思わず頬が緩んで。



「名前、またあのスミレを見に行こうか」

「うん」

「その香袋の香が消えたら、また、僕が作ってあげるから」

「…うん!」



一向に力の戻らない緩んだ頬を数馬の両手に挟まれてお互い顔を赤くしたまま、そっと触れるだけの口づけをした。










頭に焼き付いて離れない風景がある

一面の紫と、同じ色をした君の髪が風に舞って
きみは赤い顔をして私に向かって手を伸ばす

私はその手を取って
大好きだって大声で言う
そしたら君はスミレを一輪私にくれて
僕も、って

笑ってくれる

この恋がきみ色に染まっていく

それはなんて幸せなこと!











****************



「伊作先輩…どうしましょう」
「いやー参ったね、保健室に入れない…それよりも数馬、彼女がいたんだね。しかも名前ちゃんかー妬けるなぁ」
「すごいスリルゥ。数馬先輩も隅に置けないですね」

「あれ、皆で壁に張り付いて何してるんですか?」
「「「しーっ!!」」」