「あーっつーういー」



ぐでん、と、だらしなく机に突っ伏す。べたつく汗がとても不快だ。冷房、まだ入らないのかな。上の連中は(あ、先生のことね)なにやってんのかな、まじで。
扇風機は既にフル稼動。そのくせ気持ち程度にしかなってない。どゆことー。

こんなんじゃ補習できるもんもできなくなるって。せっかく休日に登校したんだから、冷房くらいつけて待っててほしかったなあ。本当、気が利かないちゃんだなあ。まったくまったく。





あーっ



つーう







「いー…」






そろそろ暑すぎて溶けそうだ。こいつはあぶない。やばいやばい。と、タオルで汗を拭った。下敷きはベコベコ、だか、ビョンビョン、だか、フォンフォン、だかわからない音で行ったりきたり。












「なーに溶けてんだ?」

「ヒッ!と、とまつくん…」








そんなふうにぐうたらしていると、突然教室の後ろ側のドアから声がした。この私が間違えるはずもない。富松作兵衛くんの声に違いなかった。




最悪だ!憧れの富松くんにこんなだらしない姿を見られるなんて!




急いで佇まいを正す。思い返してみると、さっきの自分はひどいものだった。足はがに股、スカートは膝上まで捲って、カッターシャツは第二ボタンまで開けて、下敷きであらゆるところを扇いで。




最悪だ!だらしないどころの問題じゃない!






ちょっと待ってくださいよー。補習に引っ掛かってない富松くんが、土曜日の教室(と書いてサウナだよ、もはや)に現れるとは思わないじゃないですかー。こ、こころのじゅんびが……!








「あ、あの…富松くんはなぜこのようなところに……」

「あー?ああ、俺ん家近所だから、ちょっと冷やかしに」







そう言って、ニッと調子のよさそうな顔をした。ふおおお!と、とまつくんかっこいい…!言ってることはしょーもないけど!冷やかしって!
冷やかしということは、仲良し6人組の誰かも補習にかかったのか。伊賀崎くんは違うとして、誰なんだろ。次屋くんとか?国語やばいって言ってたし。あ、次屋くんぽい。ざまあ。数学ができない私を馬鹿にするからだ。助動詞覚え地獄ざまあ。ずざらずざりずマルぬざるねざれマルざれ。数学は微妙だけど、国語系はできるもん!







「本当、お兄さんだねえ」





お友達を強烈にdisっていることを気づかれないようにそう言うと、「はあ?どこがだよ」というお返事。結構本気なのになあ。






「いやいや、面倒見いいとゆーかさ。姐御肌ならぬ兄貴肌とゆーか」









まあ、無自覚ってのが、またすごいとこで、魅力的なとこなんだけど。


扇風機の生温い風が、富松くんの髪の毛をバサバサと乱雑にした。たぶんニヤニヤしていただろう私にも攻撃をしかける。残念だったな、ポニーテールだから効果はいまひとつのようだ。どうだまいったか。……なんてことはなくて、前髪は立派なライオンになった。
扇風機に対抗心燃やしてどうすんだよ、とか関係ない。ブオオオというモーター音が恨めしい。







「……ま、そういうことにしといてやる。ほら、あとちょっとだろ。頑張れよ」









ゴトリ、と冷たそうなスポーツドリンクを私の机に置いてから、軽く2回ほど頭に柔らかな衝撃。








え、な、なんですと。







折り返してきた扇風機が、ついにポニーテールをぐちゃぐちゃにした。い、いや、ちょっと待ってくださいよー…!「じゃあなー」と出て行った富松くんは、いったい何がしたかったのだろうか。つうか今何したよあの人。冷やかしって……私のか!







「ちょっと、何を言ってるのか、わからない…な……」






煩わしく思っていたモーター音が、一瞬でどうでもよくなった。だってあの人、私の頭撫でやがった。ちくしょ、なにあれ。なんのつもり。こわい。富松くんがかっこよすぎてこわい。


つべこべ言う前に、これ終わらせちゃおう。そんで、早く帰って、お家で涼んで、富松くんにお礼のメール……は、したほうがいいのかな。次屋くんにアドバイスもらおう。あ、やっぱりダメ。あいつ信用ならない。伊賀崎くんはメール返してくれたことがないし…浦風くんにしよう。









「……あーっ、つーう、いー!」




廊下から「やかましい!もう終わったのか!?」と怒鳴る、気が利かない先生1号。なんで今のタイミングで通りかかった!

もうマジやってられないっつーの!