初夏の季節はあまり好きではない。

夏の暑い日差しと梅雨のじめじめとした湿気が混じった何とも言えないこの感じが私の不快感を刺激するのだ。

去年の今頃だったらさっさと帰宅して家の扇風機の前を独占していただろう。

しかし今の私はエアコンも聞いてない、部屋の四隅にのみ設置されている扇風機による御世辞にも涼しいとはいえない学校の教室でシャーペンを紙上に走らせていた。



『つかぬことを聞くけど、何で二人がここにいるのかな』



その言葉を目の前にいる左門に投げ掛けた。

その彼は丸い大きな瞳をこれでもか、とシャーペンによって生まれた数字の羅列にを直視している。

こんなのを見てよく頭痛がおきないな、と私は彼に感心をする。



『左門、聞いてる?』

「ここの計算間違えているぞ」

『え、本当?』



ここの問題は自信があったんだけどな。

この問題は長い計算をする必要のある問題なんだよね、やり直すの面倒くさい。


じゃなくて!あ、シャー芯折れた。



『二人とも急になんなの、匿ってくれだなんて』



その言葉を今度は私の横で窓に寄っ掛かっている三之助に投げ掛けた。


それと同時にむわりと熱が入り混じった風が私の頬を撫でるので、私はその生暖かさに顔を顰める。

熱い、熱い、三之助はよくそんな風がよく当たる窓際で涼しい顔でいられるものだ。


(そう考えてるうちに)その彼は携帯を弄る手をぴたりと止め、視線をこちらに向けた。

その様子が異様に様になっていたので私の心境は靄が掛かったように曇った、簡潔に言うとイラついた。



「作兵衛に追われてる」

『作に?』



よく知っている友人の名前を聞いて、私の眉間には無意識に皺が寄った。

追われてるイコール捜索されているのではないか、その様な疑問が脳内を駆け巡るが当の本人等は何食わぬ顔で各々暇を潰している。


私は取り合えずシャーペンにノックしたまま芯を机に押し付けて、芯をシャーペン内に戻した。



『二人とも今日は委員会がある日なの?』

「ない」

『じゃあ作に何か怒らせるような事をしたの?』

「そんな危険な事を僕等がすると思っていたのか!」



無自覚でしてるだろ。

そう私は突っ込みたかったが相手が悪い、そう思った私はその言の葉を胃へ押し込んだ。


こめかみを人差し指で押しながら(それは一生分の幸せを逃がしているも同然な程)深く息を吐く私は、端から見れば苦労人だと思われるのではないのか、いや思われるだろう。

これでは作の二の舞ではないか。



『兎に角、迷子は保護者に預けるのが一番だね』

「おれは迷子じゃないけど」

「何を言ってるんだ、三之助は立派迷子だろう」

「それを言うなら方向音痴の左門の事だろ」

「三之助も方向音痴じゃないか」

『迷子二名、五月蝿い』



何だこれ、ボケのみの新喜劇か。


どちらにせよ、この二人を作が見つけに来るまで預かるなんて全力で却下だ、というより無理だ。

私は手早く日焼け止めを塗り、ノートやら参考書を閉じた(まだ勉強するつもりなので机上に放置しておく)。



『ほら作の所に行くよ』



するとどうだろうか。

二人はぴったり同じタイミングで同じ速さで同じ間隔で首を横に振った。


何だこれ、私に恨みでもあるのか、もしくは虐めですか、え?



「嫌だ」

「それでは作の気が引けないではないか!」



いやいや、別に二人が逃げなくても作の脳内は常にお前らで一杯だろうよ、某脳内メーカーで診断したら全部「捜」だろうよ、お世辞とかではなくて。


しかし迷子二人が何時になく真剣な面持ちで私を見ているので、私は二人の話を聞こうと思った。

そうしているうちに作がこちらに来てくれるかもしれないだろうし。



「僕等は今年受験生だから、夏休みが明けたら本格的に受験勉強をしなくちゃならないだろ?

 だから、今の内に作と一杯遊ぼうと僕と三之助は思ったんだ」

「でも作は委員会やらでいつも忙しいだろ、だから誘っても全然構ってくれないんだ」



そのいつも忙しい原因が自分達にもあるだなんて二人は知らないだろうな。



『つまり?』

「「作兵衛の気を引こうと、作兵衛から逃げてる」」


『阿呆』



そんな事しなくてもちゃんと話せば作は分かってくれるだろうし、勉強なんか放り出して沢山構ってくれるだろう、いや普段から迷子捜索等で常に構っているのだが。


何をそんなに不安がっているのやら。

私の勉強時間返せこの野郎、私を落とす気か、桜を咲かせないつもりか。


横で誰が阿呆だ!と大音量で鼓膜に響く言葉を遮断しつつ、私は再び参考書を開く。

そんな理由で作から逃げていたのなら、作が来るまで待って訳を話せば万事解決だろう。

一応メールをしておこうか、と考えながら携帯を開いたその時望んでいた声が廊下から響いてきた。


「どこだこのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉおおぉおおおっ!!!!」






・・・まずは前言撤回、声じゃない絶叫だ。


こんな暑い中よくそんな走り回って絶叫出来るね、流石は迷子の保護者、感服いたしました。


取り合えず作を呼んで迷子を返そう、まずはそれからだ。

そう思い椅子からぶら下がっていた足を床に着けて保護者を呼ぼうと廊下に向かって歩いた、筈だった。


私の右腕は左門、左腕は三之助と何とも仲の宜しい(ように見える状態)になっている。



「よし、逃げるぞ!」

『いや何でだよ』

「今の作兵衛に捕まったら確実あの世逝きだよな」



お願いだから二人だけであの世に逝ってください、私を巻き込むな。


しかし、やはりと言うべきか男女の力関係から考えて私は左門の手を振りほどけない。

私と同じ位の身長なのにどうゆう事だ、君は一体普段何を食べているんだい。


そんな事を考えている内に私は左門に腕を引かれ走り出していた。

帰宅部歴が義務教育歴な私を嘗めるなよ、スタートダッシュで既に足縺れてるぞ、三之助足がガクガクしてる言うな顎割るぞ。



『ちょっと左門!!』

「名前だって作に構って貰いたいたろ?」

「たまには迷惑かけてみようぜ、優等生な名前ちゃん」



後ろから怒り狂っている作兵衛様の発狂を聞き、私の中で何かが切れた。

人間諦めが肝心だ、まる。




捜索願い



迷子と走り続ける私の周りには、青葉の匂いを含んだ風が吹いていた。