「俺、あいつのことが好きなんだ」


キュ

Tシャツの袖を肩まで捲った彼は押していた自転車を止めて、真剣な目を私に向けた。私はというと、アイスをかじりながら、防波堤の上、遠い彼方の水平線を眺めた。波の音とカモメの鳴き声が聴こえる。

違う。今まできこうともしなかったんだ。この音も、彼の気持ちも。ずっとずっと、気付いてたのに。

太陽で熱くなったコンクリートの上に立つ彼を見下ろせば、相も変わらず真剣な目で私を見ていた。


「…そっかー、まあ頑張れ」


水平線から視線を外さずに答える。思いのほか声が震えた。留三郎は気付いたかな。

防波堤を降りた時、コンクリートの熱さに驚いた。すると突然留三郎に肩を抱かれる。

べちゃ


「車」
「…うん、ありがと」
「はぁ…お前、ホントに昔から…。あ…悪ィ」


暖かい手が肩から離される。


「アイス…落としちまった」
「…いいよ、またコンビニで買うし」


留三郎。私の気持ちを知ってるくせにそうやって優しくするなんて残酷すぎるよ。言ってよ、俺なんて諦めろって。

俯いた先には落ちたアイス。段々と融解していく。あーあ、私もさっき、留三郎の熱で溶けちゃえばよかったのに。


「おい、大丈夫か?」
「はぁ……ばーか」
「あ?」
「ばかばかばーか」
「俺か?」
「何度でも言ってやるわよ」
「おいおい、どうした?」


俯いたままの私の頭をポンポン叩く留三郎。きっといつもみたいに困った風に笑ってるんだろう。このまま溶けちゃえ私。アイスはもう、コンクリートと一つになっている。


「つーかお前細すぎ。ちゃんと食ってんのか」
「夏バテ気味なんですー」
「それでもちゃんと食え」
「はいはい」
「つーことで俺がアイス買ってやる」
「……」
「どうした?」
「…留三郎、」


こうやって心配をされるのも、今日で最後にしよう。

こうやって優しくされるのも、今日で最後にしよう。

こうやって頭を撫でられるのも、今日で最後にしよう。


だから、こうやって彼の前で泣くのも、今日で最後にしよう。


「…私、泣くのも、笑うのも、留三郎の前でだけだったよ。喧嘩するのも、甘えるのも、留三郎だけだった。今まで生きてきて、こんなに好きになったのも、…留三郎だけだよ。でも、だから…」








留三郎は私の腕を掴もうと手を伸ばす。でも指先が掠めるだけだった。私は走る。波の音もカモメの鳴き声も聴こえないどこかへ。留三郎が私に何かを言ってたけどもう聴こえない。

駄目だなー私。この日が来ても、絶対泣かないって決めてたのに。最後まで笑ってようって決めてたのに。さよならって言っても、後悔しないって決めてたのに。


「留三郎のバカヤロー…」


私の体は溶けない。
私の涙も溶けない。
彼の声も溶けない。


「……っそれなのに、なんで、なんで、っ」


私の初恋だけが、夏に溶けていった。


波の音もカモメの鳴き声ももう聴こえない。留三郎の声も聴こえない。今度は蝉の鳴き声が聴こえてきたけど、それさえも頭上を行く飛行機の唸り声にかき消された。なんだかここに私の居場所なんて無いように思えた。留三郎の隣さえ、もう私の居場所じゃないんだ。
澄んだ空気を思い切り吸いこむ。


「…お前以上の男なんているかよバカヤロー!!」


見上げた空は私を笑ってるみたいに青い。私の恋が一つ消えたところで世界は相変わらず回っていると思えば少しおかしかった。人知れず落ちた涙は足元で溶かされて、シミを作る。あーあ、まだ夏は始まったばかりなのに。


炎天下のコンクリート