文久三年、神無月。新選組屯所内の木々が紅く染まり始めたのはこの頃からである。京都の秋の訪れは江戸よりも幾分遅い。

「ねえねえ土方さん」
「何だ」

明るくハッキリとした声で問うたのは沖田。それとは対照的に、低く冷たい声音で返事をしたのは土方。二人の会話中、スタスタという一定のリズムが刻まれている。これは早足で屯所の縁側を歩く土方とそれを追いかけるように土方の背後を歩く沖田の足音。

「明日、紅葉狩りに行きましょう」

沖田が言った。子供のように目を輝かせている。

「はあ?」

土方は足を止め沖田の方に顔を向けた。呆れている。

「大原あたりまで行きたいなぁー」
「馬鹿お前、壬生から大原まで行くのか?」
「ええ」

その返事を聞き、土方は溜息をついた。この男は感情が顔に出やすい方だ。そして沖田もまた思ったことを何でも口に出す。紅葉狩りにわざわざ大原まで行かなくても、と土方は思った。

「駄目ですかー?」
「遠いだろ。行くなら一人で行けよ」
「えー…付き合い悪いなあ」

大原行くって言うお前がおかしいんだ。土方は胸中でそう呟いた。再びため息をつくと、彼は止めていた足を動かした。歩く速度は先程よりも少々上がっている。縁側を真っ直ぐ進み、角を曲がった時だった。誰かが前方から土方にぶつかってきた。

「いてっ」

小さく呟いたのは、ぶつかってきた方、朔である。小柄で総髪の無表情のその青年は浅葱色のダンダラを羽織り、腰には大小を差している。

「なんだ土方さんか」

朔は土方に頭を下げようとはしなかった。態度が良いとは言えない。土方が年上であると本当に分かっているのかいないのか微妙である。しかし浪士組結成時の頃からの友ということもあり、土方に対して礼儀正しくお辞儀という考えは無い。

「気を付けろよ」
「おう」

静かな声で朔に言う土方には視線をやらず、朔はそっけなく返事をした。

「あれっ朔さん、今日は非番じゃありません?」

沖田が土方の後ろから顔を出した。朔は相変わらず無表情だがこの青年、基本的には無表情だが笑うときは笑うのである。が、そう滅多にあることではない。

「本当はな。誰かが怠けてるから俺が代わりに行かなきゃならねーんだよ」

朔は沖田を凝視した。沖田の額には冷や汗。この人は土方に似ている、と沖田はそっと思った。朔は沖田から視線を逸らそうとはしない。その眼力は冷たく、非常に強かった。

「あはは、ごめんなさーい…ところで、明日紅葉狩りに行きません?」

朔から殺気が漂っていたので話を変えてみた。

「オヤジ狩り…?」

朔が首を傾げている。何故かこの近距離で言葉を聞き間違えているが、ボケてみたのかはたまた真剣なのか。

「新選組隊士がそんな極悪なことする訳ないでしょ。紅葉狩りですよ、紅葉狩り!」
「ああ、紅葉狩りか」

朔はやはり無表情だったが、紅葉狩りなんか興味無ねえと言いたげな顔だった。

「何処まで行くんだ?」
「大原」

沖田の返事を聞き、朔は極僅かに顔をひきつらせた。

「行きますよね?」
「行かね」

即答。沖田の「ね?」と朔の「行」が重なった。何とも酷い断り方だがそれが朔なのである。

「何でですかあ」
「遠いだろうが」
「…土方さんと同じこと言うんですね」

沖田は子供みたいに頬を膨らませた。これでもとうにに二十歳を越えている。

「総司」

朔が思い出したように言った。何です、という沖田の返事を聞かずに袖の下を探り始めた。

「これで我慢しろ」

袖から何かを取り出し、それを沖田の手のひらに乗せる。

「何ですか、これ」
「見てわかんねーか、饅頭だよ、饅頭」

手のひらにちょこんと乗った小さな饅頭は紅葉の形をしている。何故このような物を所持しているのか。朔とはそういう奴なのだ。

「わーい饅頭〜」

手のひらに乗った饅頭を見つめ、目を輝かせながら喜ぶ姿は正しく子供。そんな彼は朔と土方に冷たい視線を送られていることなど気付きもしなかった。

「もう一つある…土方さん食べる?」
「いや…俺は甘いもんは苦手だ」
「女以外に興味無いってか」

明後日の方向に視線をやりボソッと呟いたのは朔。土方は口元をひきつらせ、額には血管が浮かべている。

「朔、冥土へ行きたいか」
「メイドねえ。可愛らしい響きだな」

御主人様を迎えてくれる可愛らしいメイドさんが出現するのは、ここから百と四十年程先のこと。

「お二人とも何怖い顔してるんですかー?」

気の抜けた沖田の声。饅頭に頬擦りをしている。

「まあいいや。私は部屋に戻りますねー」

紅葉狩り紅葉狩りと騒いでいた奴は、饅頭を大事そうに持ってさっさと行ってしまった。茶でも淹れに行ったのだろう。
沖田という台風が過ぎるとその場は一気に静寂に包まれた。朔と土方は台風の行く方向をじっと見つめている。やがて土方が沈黙を破った。

「…一件落着ってことでいいのか?」
「そうらしいな」

はらり、と庭に木の葉が落ちた。二人のため息が秋の澄んだ空に虚しく溶けていった。


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