ここから数歩先に誰かが立っている。ひどく懐かしい気がするそのひとだが、顔が見えぬ。表情が分からぬ。あなたがわからぬ。



「はじめー」

忙しげに散る桜の中で、はっと我に帰る。柄にもなく、ぼうっとしてしまった。俺としたことが背後の気配に気付けなかったとは。不覚である。

「珍しいな、どうしたぼけっとして」

何だかまだ頭がぼうっとしている。霧がかかっているかのような。俺は今この声の主を必死に思い出そうとしている。いちいち考えずとも分かるはずなのに。
振り向けば、彼は悪戯っぽく笑っていた。白い歯がのぞく。高く結った髪が揺れる。
ああこの光景は。

「何だよ、生きてる?」

浅葱色。彼も、自分も、同じ色に包まれている。風が吹けば桜がひらり、浅葱が、懐かしい香りがふわり。

「揃いの羽織だろ、俺らの」
「俺ら…」
「俺達は新選組だろうが、本当にどうした斎藤」

しんせんぐみ。その一言で俺の脳は急速に覚醒した。風が頬を撫でる、桜が舞う、頭の霧が一気に吹き飛ぶ。目に映る世界が鮮明に描き出される。

ああ、あなたでしたか。

「いや、何でもありません」
「変な奴…まぁ行こうぜ、みんな待ってる」
「はい」

目の前にはまばゆい光が広がる。すたすたと先を行くあなたを追いかける。

追いかけた、と思ったのに。思うように足が動かない。もうあなたの背中がほとんど見えない。
遠くへ行ってしまう。追いかけたいんだ、動け、早く!
手を伸ばして、嫌だ嫌だ置いていかないで、なんて子供が駄々を捏ねるように叫ぶ。それでも振り返ってなどくれず。あなたはとけて、光になってしまいました。



「はじめさん」

自分を呼ぶ声にはっと目を覚ます。俺は縁側に腰掛けていた。浅葱などには包まれていなかった。そばには夕日にあかく染められた、最愛のひと。

「目が覚めました?」

俺の隣で正座をする彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。そっと口を開く。

「…昔の夢を見たよ」

とても懐かしくて、優しくて、少し寂しい夢を。こんなふうにされると、どうしようもなく会いたくなってしまうではないですか。

「みんないってしまった」

桜のように儚く、そして潔く散っていった。俺はまだ枝から離れず、雨に打たれ風に煽られ生きている。あの時一緒に散ってしまえばよかったのかもしれない。否、新選組三番隊組長が散っていくのを斎藤一はこの目でしかと見届けた。局長と副長を失ったと同時に。
そして新たに守るべきものができた。

「時尾」

愛しい者の名を呼べば、はい、と落ち着いた声音で返事が返される。

「あの桜の枝を少しばかり折ってくれないか」

素直にかしこまりました、と微笑むと縁側から庭の桜の木の元へ行き、綺麗に咲いているものを選んで丁寧に折った。

「少し出かけてくるよ」

それを受けとる。時代が大きく変わろうと、これはあの時見上げていた桜と変わりは無かった。
あなたは、朔さんは口癖のように言っていた。細い枝に必死に掴まり花を咲かせているのはまるで自分たちのようだと。

「どちらへ?」
「友のもとへ。墓前にこいつを供えてやろうと思ってな」



時は誰を待つことなく、絶えず流れ続ける。過去にしがみついてはならぬ。ただ忘れてはならぬ。道が敷かれている限り歩まねば。まだ散ることは許されぬ。


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