「信じろよ!」

真夏の真昼、一日で最も蒸し暑い時に狭い部屋の中で叫ぶのは永倉新八だった。

「いい歳してそんな事本気にしてんじゃねえよ」
「俺だってこれは嘘だと信じてえよ!」

ダルそうにしている朔に必死で訴える。何を騒いでいるかと言えば、実は永倉が聞いてしまったらしい。前日の夜中に厠へ行こうと廊下を歩いていると、何処からか不気味な笑い声が聞こえてきたと言うのだ。

「幻聴だろ」
「違うって!信じてくれってば」
「あーはいはい信じますよ嗚呼恐ろしい」

朔は迷惑そうに、且つ適当に答えた。そして大きな欠伸を一つ。

「お前ムカつくな…。だったら今夜確かめに行こうじゃねえか!」
「はいはい」

この暑さの中騒がれっぱなしでいるのも困るので、取り敢えず永倉を黙らせたい朔だった。確かめに行くのは面倒だが、それを断ってまたダラダラと話をされてもまた面倒だ。今の朔にとって永倉は面倒事の塊に過ぎない。

「今夜絶対に行くからな」

そう言い残して永倉は去り、朔の部屋に平和が訪れた。


時は経ち、深夜。朔は布団に入り障子の隙間から差し込む月光をぼんやりと眺めていた。時々瞼が落ちる。相当眠いのだが、永倉が来ると言うから起きてやっていた。というのは表面上の理由で、本当は一度眠りについた後にまた起こされるのが嫌だから寝ずに待っているのである。隣で爆睡している原田が羨ましいと思った。そのまま本物の幽霊にしてやろうかとも思ったが、取り憑かれそうなのでやめておいた。

何もせずに永倉を待っていると外からギシギシと一人分の足音が聞こえてき、自室の前で止まった。障子がスッと開いた瞬間、

「ぶォ!」
「遅い」

永倉の顔面からボトリと枕が落ちる。

「朔…おま…いきなり顔面枕は無いだろ」

永倉が顔を押さえて痛がっているが、

「遅くなったお前が悪い」

そんな事はお構い無しに布団から出る朔。

「だって平助が中々寝てくれないんだもん」

因みに永倉は藤堂と同室である。原田は寝る時はきっぱりと寝るが、どうやら藤堂はそうはいかないようである。実際に永倉が夜中厠へ行こうとすると、目を閉じて爆睡していると思っていた藤堂が静かな声で突然「何処いくの」と問い掛けてくるらしい。何度心臓が止まりそうになったか、と永倉は言う。

「平助って怖ぇな」
「だろ?寝てるのか起きてるのかハッキリしねえの」

原田と同室で良かった、と朔は密かに思った。ちょっとやそっとの物音では起きないのが原田左之助である。

「取りあえず行かないか」
「そうだな、行こうぜ」

二人は部屋を出、縁側を歩いた。暫く歩いたが響くのは二人分の足音と虫の声だけである。庭にも目をやるが、闇の中で木々が風に揺られているだけだった。

「新八、お前本当に聞いたのか?」
「本当だって!昨日も声が聞こえたと思ったらあの辺の茂みが───」

動いた。たった今、永倉が指さした方の茂みが不自然に揺れた。

「…朔」
「猫…だろ。多分猫か何か…」

ではないと分かった。聞こえてきたのだ、笑い声が。

『くくっ…』

蒸し暑かった空気が一気に冷える。永倉は全身に鳥肌を立てていた。朔は口を半開きにして固まっている。高くもなく低くもないが、どちらかというと高い声が響くと同時に茂みが揺れる。

「行くぞ新八」
「え!?待て え!?」
「確かめる為に来たんだろ」

そう言って朔は近くに転がっていた手頃な木を武器に、その怪しい茂みに近付いて行った。永倉も朔の後を恐る恐るついて行く。そして茂みの陰をゆっくりと覗き込むと、

「はあ?」

驚いた様な呆れた様な声を発した。続いて永倉も覗いてみるが、同じ様な声を発するだけだ。それもそのはずである。何故ならば茂みの陰に潜んでいたのは

「朔さんに永倉さん…どうしたんですか?」

沖田だったのだから。手には『豊玉発句集』と記された一冊の句集を持っている。

「…なあ総司」
「妙な笑い声を響かせていたのはお前か?」
「ええ…もしかして起こしちゃいました?」

沖田は両手を合わせて謝罪している。

「…なあ総司」
「何で笑ってたワケ?」
「だってこれ…豊玉発句集!見てよこれ『しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道』って!土方さんの考えてる事って面白いなあ」

再び笑う沖田。先程まで気味悪がっていた笑い声と同じものだった。

「…なあ総司」
「歯ァ喰いしばれ」
「え?」


翌日、土方によって茂み付近で半殺し状態の沖田が発見されたが、現場に落ちていた豊玉発句集も同時に発見されたため、後で沖田は土方にきつく叱られ泣き面に蜂だったと言う。


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