祇園祭の夜だというのに。何で自分はこんな宿の二階に居るんだろう。
暗くて月明かりだけが頼りの部屋の中。周りを見渡せば目に入るのは無数の屍。辺りを彩るは紅。己にしつこくまとわりつくその臭い。それらを好んではいないが、いやだとも思わない。何も感じない。こんな光景からは。
窓の障子が破れている。そこから差す月光が自分と持っている刀を照らす。その刀身はべっとりとした付着物のせいで輝きを殆ど失っていた。
「う…」
足元から消え入りそうな呻き声が聞こえた。そこに目をやる。長人が仰向けに転がっていた。脇腹から一気に斬り上げられている。
(まだ生きてやがる)
もう殆ど意識が無いと思われるその男は、動かない身体の代わりに手の指をもぞもぞと動かしてもがいていた。相当の深手を負いながらもまだ生きようとしている。大した生命力だ。
「うるせえよ」
男の喉元を突き刺す。深紅がヒュッと噴き出る。男は動かなくなった。
暫くの間、納刀もせずにその場にボーッと突っ立っていた。刀の切っ先から紅が滴っている。
何となく、うつ伏せに寝てみる。真っ赤な畳など気にしない。己の隊服に深紅が容赦無く染み込み、独特の強い臭いが鼻を突く。全て己のせいで飛び散ったものだ。今更になって、これが『血』であると実感する。
臭いに包まれながら目を閉じた。散り逝く者たちの気分はこんな感じなのだろうか。
「朔!」
部屋の入口付近から聞き慣れた声がした。こちらに近付いてくる。彼…原田はどうやら一人らしい。いつの間に居たのだろうか。
「左之?」
疲れた。眠い。口を開くのが面倒だ。
「斬られたのか?どこやられた」
原田はそばにしゃがみ、傷を探そうとしている。
「…無傷だよ」
「肩か!脚か!腹か!」
「だから無き」
「朔ッ死ぬなアア!!!」
「聞け」
うつ伏せのまま原田の脛に思い切り拳をぶつけてやった。
「いってぇ!!」
薄暗くてよく見えないが、原田が涙目になっている気がする。あの丈夫な原田でも、弁慶の泣き所は駄目らしい。まぁいいや、左之だし。そう胸中で呟いた。
「何すんだよバカ朔!」
「…あんたが話聞かないからだ」
疲れた、眠い。今日は久しぶりに暴れたからだろうか。
「その前に左之…何でここにいんの」
長人連中の宿を探す時、近藤隊と土方隊の二手に分かれ、鴨川を挟んで西側は少人数の近藤隊、東側は大人数の土方隊が担当していた。結局アタリを引いたのは近藤隊の自分たちだったが。
「何でって…長州の巣の在処が分かったから?今は皆浪人の確認してる」
「…ああ」
後片付けが残ってた訳で。
「それと、総司がヤバイらしい」
「何」
寝てる場合では無いってか。重たい身体を無理矢理起こし、のそりと立ち上がる。
(帰ったらソッコーで寝る)
急いで部屋を出、階段を駆け下りた。沖田が居る場所に向け、早足で廊下を行く。
「お前も怪我してんなら我慢すんなよ」
向かっているときに原田が前を向いたまま、いつになく真面目な声で言った。心配してくれているのだろうか。今初めて原田のことをいい奴だと思った。
が、一つ言わせろ。
「俺は無傷だ」