Absence | ナノ
その孤独の名は
平凡な日常と特別ではない自分。良くも悪くもない食事とそれなりの寝床。深すぎない交友関係と厳しすぎない上下関係。大抵の者にとってそれらの全ては努力をせずとも手に入れられる『普通』であり、羨まれることもなければ哀れまれることもない。
秀でたことがあれば讃えられ、同時に疎まれる。自分の中に特別なものができれば満たされ、失えば絶望を知る。優秀と拙劣は相反するものでありながら、共に孤独の素因となる。高貴は反感を買い、下賤は侮蔑される。それはこの世が全てに対して平等である証明。
だからこそ、彼女は『普通』を望んだ。



真央霊術院に通う学生、特にその中でも特進と呼ばれる一組に属する死神見習いは、護廷十三隊の隊長格という響きに強い憧れを抱いている。それは彼女の同級生達にも当てはまることであった。全員が鍛練に励み前だけを見て突き進む。互いに切磋琢磨し、各々が自分なりの戦い方を身に付けていく。6回生ともなれば強さの順は大体固定となってきてはいるが、試験内容の得手不得手によって多少は上下する。
そんな中、彼女は常に『真ん中』という良くも悪くもない位置を保持していた。

「うーわ、また平子が一番かよ。」

「げっ、下がった…。今回は自信あったのに!」

「嘘つけ、お前鬼道でやらかしたって言ってたろ。」

「うるせ!平子の後だったんだよ!」

「なんだその言い訳。」

廊下に張り出された試験結果を眺めながら一喜一憂する男子生徒は、下から数えた方が早い自分達の名前に肩を落として教室に入った。特進というだけで十分だと周りは言えど、彼等にとっては満足のいく結果ではない。席官まで上り詰めることができるのは特進の中でも一握りだと、彼等はよく分かっていた。
二十、という文字の隣に書かれた自分の名前をぼんやりと見上げている彼女には彼等のような憂いは無い。連なる名前の中で自分のものは埋もれている。そのことに安堵することはあれど、誰かより上だということで優越感に浸ることも、誰かより下だというとこで劣等感に苛まれることもないのだ。

「おっ、結果貼り出されてるやん!」

「どーせいつもと変わらんやろ。胸糞悪いわぁ!」

「随分悲観的じゃねぇか。お前らしくもない。」

「そぉだよー!リサちんも褒められてたじゃん!」

「斬術はな。このハゲは全部や、全部!」

「ハゲ言うなボケェ!!まっ、俺は天才やで僻まれてもしゃーないわ。」

ぎゃーぎゃーと騒ぎながら彼女の後ろに立った彼等は、それぞれ個性的ながらも纏う空気は次元が違うようだ。彼女はいつもそう思っていた。自分とは違う、生まれついたときからの才能、努力を惜しまない向上心、そして深い信頼と共存する闘争心。彼女が手に入れようともしないそれらを全て持ち合わせた彼等は恵まれているように見える。しかし、彼等が突き進む過程で置き去りにしていく先程のような者たちにとって、彼らという存在は疎ましいのだということを、彼女は知っていた。
上から順に4人、不動の名前は見慣れたものだ。それは、二十に居座る彼女と同じように。

「しっかし、相変わらずやのォ、名字。」

「……あはは、まあね。そういう平子くんも、相変わらず凄い。」

「俺はええねん。お前やお前。なんっで常に二十やねん。偶には一桁くらいとってみぃや!」

「みんな同じようにどんどん強くなってるんだから変わらないよ。私はこれでいいの。」

「……ほーかい。」

彼女の作り笑いを見抜いているのか、彼、平子真子はその淡白な顔を苦虫でも噛み潰したかのように歪めた。細い背中を丸めて教室に入っていく彼。その後に着いていく3人は彼女にあまり関心がないようで、声もかけずに室内の喧騒に紛れていった。
これでいいのだ。ひっそりと口角を上げた彼女は自身の立ち位置に納得していた。同級生とはそれなりに会話をする。先程は言葉を交わさなかったが、決してあの3人と仲が悪いわけではない。だが、話題もないのに話す程の仲でもない。それだけだ。
誰も彼女を尊敬などしていなければ、疎んでもいない。何故ならば彼女は誰にとっても『勝てる相手』であり、自分次第で越えることができる者であるからだ。その気安さといつも浮かべている笑顔のため、彼女に好感をもつ者は少なくない。それ故、彼女は『中立』といった立場に立たされることも屡々ある。まあ、本心では面倒くさいだとか、どうでもいいだとかと考えている彼女がその役を全うすることはまずないのだが。

「名字の奴、入学当初から1度も変わらず二十番キープって、逆にすげぇよな。」

「無難いう言葉が最も似合う女やで、あの子は。」

「それはちゃう。」

人を不快にしない笑みで同級生に朝の挨拶を繰り返す名前を見ながら、感心と呆れを混ぜたように言葉を溢した拳西とリサに真子は鋭く否定を返した。頬杖をつきながら怠そうに机の欠けた部分を指でなぞる彼をじっと見つめても、上の前歯が見えているその口からは何も発せられない。痺れを切らした白が、どーゆーこと?と投げ掛けた。

「アイツの入学試験の順位は、二番や。」

「……あぁ、そうやったな。そういえば、あたしも負けたんやったわ。それがなんや。」

「入学試験っちゅーのはそいつのことなんて何も見てへん。見てんのは霊圧の大きさと濃度くらいや。…そこでつけられた順位は、普通ならほとんど変われへん。」

「普通って?」

「周りと同じ様に鍛練しとんなら、や。」

「じゃあ大して努力してねぇ……ってこともねぇな。アイツは真面目だし。」

分かんなぁーい!と机をバタバタと叩き出した白に拳西がキレて、結局話の終着点は見えないまま午前の始業を告げる鐘が鳴った。演習時間の増える6回生は、仲の良い友人以外と言葉を交わすことは殆ど無い。だだっ広い演習場で散り散りになって、レベルの似通った者同士で実践経験を積む。真子はリサや拳西、白といつも組んでいる。飽きて気紛れに他の様子を見に行ったりすることは少なくない。

「なーんか、腹立つわぁ……。」

彼は未だに、名前が誰かと手合わせをしている姿を見たことが無かった。



彼女は昼間が苦手だった。何故、と問われても上手くは言えないが、恐らく、眩しい太陽光とか活発な少年少女とか、そういうのが全て煩わしいのだろう。だからといって霊術院に通わないわけにもいかない。彼女は静かな場所で、1人で力をつけたかったのだ。
演習場の片隅に小さな抜け道があるということを知ったのは、確か3回生のときだった。木々に埋もれる細い穴を抜けると、何もない空間が表れる。いや、間違いだ。何もないように思う其処には、ただ1つ、鬼道の試験で使うような的があった。
誰かに誘われることがない彼女にとって其処は自分だけのもので、人に見られたくない実力を誰にも気付かれないうちに上げることができる場所だった。

「破道の六十三、雷吼砲。」

ドカーン、ともバリバリバリ、とも聞こえるような激しい爆音と共に砂埃が舞う。爆風が彼女の髪を巻き上げても、表情1つ変えない。タイミング悪かったなぁ、とか、もう少し低い破道にしとけばよかった、とか色々思うことはあっても、彼女は決して笑顔を崩さない。本当は卒業するまで見つかりたくなかったのだが、やはりと言うべきか、彼には知られてしまった。

「六十番台詠唱破棄て、お前なんやねん…。」

「詠唱したよ?声小さかったから聞こえなかったんじゃない?」

「アホ言うな。こないな何もない場所で聞こえへんわけあるかい。」

自身の浅打を肩の上で揺らしながら大木の幹に背を預ける男。その飄々とした態度が名前は苦手だった。そのうち知られるとしたらこの男だろうと予見していたが、場所だけでなく自分の鬼道も見られてしまったのは誤算だ。それでも彼女は笑みを崩さず、砂埃で汚れた制服を叩いた。

「何か用があるの?」

「べっつにィー?ライバルの様子を見に来ただけや。」

「面白いこと言うね。私が平子くんに敵うわけないじゃん。」

「せやから放っとけってか?寂しいやっちゃな。」

茂る葉で日陰になっているところに座り込んだ彼から近すぎず遠すぎず、調度いい距離に彼女も腰を下ろす。ふぅ、と一息つくと米神から汗が流れ落ちた。詠唱破棄の鬼道は1度うつだけでも体力の消耗が激しい。実践で使えるレベルには程遠いが、彼女の歳でできること事態がまず異常だ。たとえ鬼道が得意だとしても、そのレベルに到達するのは難しい。

「平子くんにとって、拳西くんたちは大事な友達なんだよね?」

「……まぁ、せやな。それがなんやねん。」

「失うのは、怖いんじゃない?」

「はァ?失うってなんや。アイツ等はそない弱ないわ。」

「いや、強い弱いの話じゃないよ。勝てない相手なんて山程いるんだから。」

「………で、お前は失うのが怖いで誰とも関わらんってことかい。」

ニッコリと笑って頷いた彼女は、それでも何処か寂し気だ。同級生として出会ったときから、年を重ねる毎にその思いは彼の中で大きくなっていた。常に『真ん中』に居続ける彼女は、全てに囲まれているようで、本当は孤独なのではないかと。

「だからって、平子くんたちの友情を否定するつもりはないけどね。私には私の考えがあるってだけ。」

「二十に拘るんは…、」

「目立ちたくないだけ。私は護廷の隊長格になりたいわけじゃないから。それなりのお給金を貰って、瀞霊廷の中でのんびり暮らせたらそれでいいの。」

「…………。」

どこまでも透き通るような青い空を仰いで黙り込んだ彼の思考は読めない。肩を少し過ぎたくらいの黄金の髪は風に揺られてキラキラと光る。綺麗な横顔だなぁ、と思いながらも彼女は目を逸らした。彼は自分のことをイケメンと称することがあるけれど、彼女がそんな風に思ったことは1度もない。ただ、こうして聡い彼が何かを考えているときの顔は、確かに格好いいと思えた。彼女は異性のことをそんな風に思ったことがない。
だからだろうか。今まで誰にも言わなかったことを、こんなにも容易く話してしまったのは。

「ひとつ、教えといたろ。」

「なに?」

「やったことへの後悔は次に繋がる。けどなァ、やらんかったことへの後悔はどうにもならんねん。糧にはならん。重荷になるだけや。」

覚えとき、とだけ残して、彼は立ち上がった。
純粋に、凄い人だと思える。彼に見つめられると、何もかもお見通しだと、そう言われたような気になる。平子真子とは、彼女にとってそういう男だ。そして、それは彼の絶対的な自信から来るものだと思っていた。
何故ここに来たのか、それは分からない。協調性のない彼女を注意しに来たのか、ただの好奇心か。
ただ、その中にほんの少しでも彼の優しさが含まれているのは間違いではないだろうと、彼女は思った。

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