Absence | ナノ
象の足は遅い
夏と冬が長く感じるのは、人という生き物が暑さと寒さに弱いせいだろうか。春と秋は気付けば過ぎ去っているような気がしてしまう。
霜月、霊術院6回生は皆浮き足立っている。護廷十三隊、及び鬼道衆、隠密機動の入隊試験一次選考が行われるからだ。実技はなく、座学のみの試験であり、規律に厳しい死神に必要とされる知識・教養・礼儀作法を問われる。とはいえ、常識を弁えていれば、後は霊術院で習ったことを少し復習すればよい程度で特に苦戦することはない。しかし、これは上位成績者のみに限った話である。
そして、その一次試験はちょうど先日行われたばかりだった。2、3日で結果が返ってきて、師走上旬に二次募集が行われる。つまり、今日返ってくる結果が万一不合格だった場合、その二次募集に向けて死に物狂いで勉強しなければならないのである。因みに、二次募集問題の難易度は通常の10倍らしい。

「あんたちゃんと真面目にやったん?」

「いや、流石に入隊試験はね…。護廷に入れなかったら困るし。」

「名前の実力は未知数だから怖ぇよ。」

「ねぇ、満点が1人いたんだってー!」

「おー、何やめっちゃ噂になっとんなァ。俺らの学年、大して座学できる奴おらんかったやろ?誰やねんガリ勉。」

ざわざわと結果を気にする会話が飛び交う教室内で、例に漏れず名前たちもその話題を出していた。名前は普段狙って二十番を取っていたため真の成績は謎だが、真子たちに関して言えばまぁそこそこといったところだ。貴族出身の奴らに負けるのは癪だが、これに於いては仕方がないと割り切っている。

「作文は好きなんだけどなぁ〜。」

「意外なことに白は文章能力あるんやで。」

「へぇ、そうなんだ。」

「ちなみに拳西は脳筋。まぁ試験には受かっとるやろうけど。」

「ああ、分かる。」

「おい、分かるってなんだ。てめぇら堂々と悪口言ってんじゃねぇよ。」

拳西の額に青筋が立ったところで、担任が教室に入ってきた。生徒は皆それぞれ自席に着き、緊張した面持ちで高く積み上げられた封書を見つめている。
しかし、名前は全く緊張していなかった。リサたちの前では言わなかったが、正直1問も間違えた気がしていない。普段の定期試験は適度に空欄を作って提出していたが、勿論今回は全部埋めた。実技の二次試験で高得点だと先輩死神に目をつけられるという噂を耳にしたので、二次で本気を出すつもりはない。だから、一次の筆記ではそこそこ取っておいてもいいかと思ったのだ。名前にとっては予想よりもずっと簡単だった。

「名字ー。」

「はい。」

「…お前なぁ、あまり嘗めすぎてるとそのうち取り返しのつかないことになるぞ。」

「………あはは、善処します。」

「ったく……。」

渡された封書に重ねて、何やら1枚の紙が挟まっていた。ペラリと捲ると、黒板で見慣れた文字。
『二次試験も本気で臨むこと。』そう一文だけ書かれているのを見て、名前は苦い微笑を浮かべる。今まで何も言われたことはなかったが、やはり先生にはバレていたらしい。まあ、よく考えてみれば当たり前な話である。当てずっぽうで書いてみた形跡すらない空欄、安定しているわりにショボい鬼道、瞬歩が遅いのは本来の実力だが、斬術に関しても名前は手を抜きまくっていた。
真子たちと過ごすようになってから演習にはそこそこ真剣に取り組むようにはなったが、サボる時間も増えた。入隊試験が迫ってきて、先生も痺れを切らしたといったところか。

「どやった?」

「リサは?」

「82点。合格や。まあまあやわ。」

「そっか、おめでと。白は?」

「79……。もうちょっと取りたかったなぁー。」

「こんなもん合格してたら何点でも変わんないでしょ。」

「拳西に負けてたらヤダもん。」

「……ああ、なるほどね。」

「で、あんたは?」

ぐ、と名前は顔を引きつらせた。上手く誤魔化せたと思ったのに。
封書を奪おうとしてくるリサの手を無言で避けると、眼鏡の奥から鋭く睨まれた。何で隠すねん、とドスの効いた声で責められても、名前は背中に隠したまま渡そうとしない。じりじりと詰め寄ってくるリサから逃げるように後退すると、背中が誰かにぶつかった。反動でよろける名前を支えるように肩を持った見慣れた手に少し安堵する。

「…何してんねん。」

「いや、リサが、」

「真子!!名前の封書!はよ盗れ!」

「ちょっ、」

「これか?」

後ろ手で持っていたせいか簡単に盗られてしまった封書は真子によって高々と掲げられた。名前よりも15cm近く身長が高い真子にそんなことをされてしまっては、もう彼女が取り返すことはできない。そのままの位置で通知書類を取り出す真子をみあげて、名前は頭を抱えたくなった。
成績がいいからといって彼らが名前を仲間外れにするなどとはこれっぽっちも思っていないが、やはり良すぎる成績は何かしらの軋轢を生む。彼女は既に経験済みだ。1回生のときに懲りている。

「………まじかい。」

「返してよっ!」

「何点や!?」

「ほい。」

「あっ、ちょっと!ふざけんな馬鹿っ!」

「……………。」

「わ、名前ちんスゴーイ。」

白はいいとして、無言のリサが非常に恐かった。そして、その後ろから覗き込んだ拳西も書類に目を通して凍りつく。名前は即刻奪い返したかったが、先程真子を殴ろうと振り回していた両腕をがっしりと掴まれてしまったので身動きが取れない。胯間を蹴り飛ばしてやろうか考えたが、悶絶する真子を想像してやめておいた。そんな彼は見たくない。
暫く眺めた後、無言のまま突き返してきたリサは深いため息を吐いた。拳西は未だに固まったまま動かない。解放された手で即座に封書を懐に仕舞い込むと、真子も呆れたような顔で名前の額を小突いた。

「何でそんに嫌がんねん。自慢しまくればええやんけ。」

「そぉだよ〜。悪いわけじゃないんだから。」

「……名前、あんた、まだあたしらのこと信用してへんの?」

真子と白とは違い、リサは急に全く違う問いを投げ掛けてきた。彼女の意図が理解できないのか、真子と白は小さく首を傾げる。拗ねたような顔で名前を睨む彼女は随分と名前の考えを見透かせるようになってきたらしい。

「そらなァ、なんや成績よすぎてちょびーっとだけ腹立つんは否定せんわ。でもそれはあたしのプライドのせいであってあんたのせいとちゃうし、そんなんで気まずなるわけないやろ!」

「……うん。」

「あたしが怒っとんのは成績負けたからとかとちゃう!あんたが、あたしらの顔色窺って隠し事しようとしたからや!!」

「うん。…ごめんね、リサ。」

「……分かったらええねん。言うとくけど、ひよ里がおったら今頃あんたの顔面潰されとるからな。あたしの優しさに感謝しぃ。」

「ふふ、…ありがと。」

肩を竦めて笑ってみせると、リサはまた深くため息を吐いた。
78点だったと落ち込む拳西に、聞いているだけの名前たちでさえもイラッとするような嘲罵を浴びせる白。殴りかかろうとする拳西を宥めつつ、1点しか変わらないのになぁ、と名前は呆れた。ざわざわと喧しい教室だが、今日だけは担任も目を瞑ってくれるらしい。視界の端に映った青褪めた男子生徒や泣き崩れる女子生徒を見て、名前は眉を顰める。どちらも入学時から特進だといって威張りくさっていた者だ。実技ばかりを披露したがり、明らかに座学を怠っていた。自業自得、といったところか。

「性格悪そーな顔してんで。」

「実際、呆れてるし。…そういえば平子くんはどうだったの。」

「83点。」

「…えーと、おめでとう。」

「おう。」

今日の真子は何故かいつもより静かだった。彼も年相応に緊張していたのだろうか。そのわりには普段通りのユルい表情をしている。名前はどうにも調子を狂わされる感じがした。
机の角に腰掛けて、いつの間にかリサまで混じっていた小さな喧嘩を止めようともせず黙っている真子。体調が悪いのかと思ったが、微かに霊圧の揺れを感じて名前は掛けようとしていた言葉を呑み込んだ。…これは相当、機嫌が悪い。
先程まではそんなことなかった筈だが、この短時間で何があったというのか。名前に心当たりがあるといえば自身の成績くらいだが、リサも言っていたように真子がそんなことでここまで機嫌を損ねるわけがない。
表情には出さないように抑えているらしいが、名前にとってはそれがより一層恐ろしいような気がした。

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