Absence | ナノ
ねぇ、心臓をあげるよ
「2年くらい、かな。霊術院の近くに子どもがいない夫婦が住んでて、引き取ってもらえたの。…すごく、良くしてもらえたけど、いつも何か満たされなくて。自分は大事にしてもらえてるのに、大事にしたくなくて。霊術院に入る歳になったとき、何も言わずに出てきちゃった。分かってくれてるとは思うけど、本当に申し訳ないことしたなーって思うよ。紹介してくれた浮竹隊長にもね。
何もかも自分のせいだって思うとき、人と関わるのが怖くなるの。まあそれも、相手を守りたいとか、不快にさせたくないとかじゃなくて、自分があの時みたいに傷つきたくないからなんだけどさ。」

面白くなかったでしょ、と自嘲気味に笑った名前は、真子の知らない少女だった。幸せを怖れる彼女の心は黒く澱み、光を忘れてしまった。だからだろうか、いつも真子たちを見るときに目を細め、視線を逸らすのは。気の知れた友人と笑い合う彼らの姿は、彼女にとって、不幸を知らない過去の自分を見ている様だったのかもしれない。

「……俺は、俺らは、ここにおるで。」

「今は、ね。でもこの"今"がいつまで続くのかは分からない。前も言ったでしょ。強い弱いは関係ないって。私たちがどう足掻いたって、命の長さは生まれたときから決まってる。」

「誰が決めとんねん、それ。」

「………神様、とか?霊王?誰だろうね。少なくとも、私じゃない。」

「曖昧やなァ…。…じゃあ俺が、お前の命の長さ決めたるわ。何せ、死神になるんやしな。」

ゴツン、と結構な勢いで名前の頭に真子が頭突きを食らわせると、彼女は彼に預けていた体重を自分の方に戻した。足を崩して向かい合うように座り直しても、緩く絡んだ指先はそのまま。

「どういう意味?」

「お前が死ぬときは、俺が死ぬときや。もし俺が死にそうになったら、俺がお前を殺したる。」

「………え、」

「そしたら、1人にはならんやろ。」

「…本気で言ってんの?」

「名前が本気にするなら。」

子どもをあやすかのように真子に頭を撫でられた名前は、こいつ頭大丈夫かと本気で思った。極端すぎて呆れる。でも、それもいいかと何処かで思ってしまう自分にも、十分呆れていた。
自分も彼の命を握っているわけではなく、彼が一方的に自分の命を握っている。端から見たら明らかにおかしい構図だろうが、名前にとってそれは最も気軽な関係だった。きっと名前が死んだところで真子は自らの命を絶ったりはしない。彼にかける負担もない。
なんかそれちゃうやろ!!とリサやひよ里は文句を言いそうなものだが、この際彼らにも頼んでおこうか。"友達"として彼らと過ごすならば、名前は今度こそ誰かがいなくなる辛さに耐え切れないだろう。

「…信じてるよ?」

「おっしゃ。約束したろ。」

「ちょォ待てやッ!!」

「ギャーーーッ!!なに!?え、お前らおったんかい!!」

「悪いな、名前。全部聞いちまった。」

「…いいよ、途中から気付いてたし。」

真上の屋根から飛び降りてきた4人に、真子は心臓が口から出るかと思った。彼の霊圧探知能力は名前ほど優れていない上に、完全に油断していたため、できる限り霊圧を消していた彼らの存在には気付いていなかったようだ。
げし、とひよ里の草履が真子の顔面に食い込んだ。名前はここ最近毎日のようにその様子を見ていたが、未だに慣れない。心配せんでエエで、とリサに言われても気になってしまう。そのうち彼の鼻は無くなってしまうのではないだろうか。

「何勝手なことぬかしてんねんハゲ!!名前がお前なんかに殺されてたまるかいッ!!」

「…しゃーけど名前も、」

「名前はうちが殺したる!!ハゲよりうちが先に死ぬなんてこと有り得へんからなァ!!」

「ひ、ひよ里ちゃん?」

「え〜、あたしだよ!あたしが一番長生きするもん!!」

「馬鹿言うな。お前が一番早死にしそうだっつの。名前、安心しろよ。俺がいる。」

「最後まで残った奴やろ。それまでに死ぬようなんにそんな権利ないわ。安心しぃや。真子が死んでも名前はあたしが慰めたる。ほんで、あたしが死ぬときあんたも殺したろ。」

「名前の命争奪長生き対決やな!臨むところやわ!!」

勢いよく突き出された小さな小指に名前は首を傾げた。然程大きくないひよ里でも、立っていれば座っている名前を見下ろせる。仁王立ちしたひよ里とピョコリと伸びた小指がミスマッチで何だか可愛らしい。
真子も涙目で赤くなった鼻を押さえながら、片方の手を出して小指を立てた。続いて、リサ、白、拳西のそれぞれ長さも太さも違う小指が飛び出す。何を言うでもなく、じっと名前を見つめる彼らの意図がやっと分かった。

「約束や!」

「………うん。ありがとう。」

重ね合わせた小指から、彼らの優しさが伝わってくるように感じた。
風が5人の間を通り抜けていく。乾いた、清々しい風だった。止まっていた砂時計が動き出すように、彼女の心は8年の時を経て前へ進み始める。倒れていた砂時計を真っ直ぐに立ててくれた人たちがいたことを、彼女は決して忘れないだろう。
先に立ち上がった真子が、名前に手を差し出した。一月前の彼女なら見向きもしなかっただろうが、今は迷うことなくその手を取って立ち上がることができる。

「真子、セクハラ。」

「は!?」

「名前ももうちょい危機感持たなあかんわ。男なんて下心しかあらへんのやで?」

「…いや、それは偏見……。」

「名前の言う通りやわ!ちゅーか俺らン中で一番スケベなんお前やろが!!」

「えっ。」

「スケベとちゃうわ。性に興味があるだけや。」

「それをスケベって言うんじゃねーのか。」

不穏な雲行きになってきた会話を一刀両断したのはひよ里の怒声だった。顔を真っ赤にしながら「全員どスケベやッ!!」と叫ぶ姿はなかなか可愛らしい。名前もこういった類いの話は得意ではないが、ひよ里のように恥じらうほど純情でもなかった。
真子やリサがスケベかどうかというのに多少の興味はあるが、正直名前にとって然程重要ではない。それよりも、自分が言われた『危機感がない』という言葉の方が気になった。確かに名前は今までの思春期を人と真剣に付き合ってこなかった分、異性に対する行動の正当性には自信がなかった。流魂街出身ということであまり言い寄られることもなかったから気にしたこともない。

「私って、そんなに危機感ないように見える?」

「話掘り返すなやアホッ!!」

「いや、でもこれは聞いとかないと私が困る。」

「…見える見えへん以前に実際無いやろ。」

「真子にだけじゃないの〜?名前ちん、真子のこと好きなんでしょ?」

白の爆弾発言で沈黙が流れたのは、名前が参加していた会話だけでも今までに3回あった。彼女は突然ぶっこんでくるから恐ろしい。

「………何でそうなった?」

「さっきも寄り掛かってたじゃん。あたしなら鳥肌立っちゃうよ!」

「ええー…。」

「ええーとちゃうわ。あんたのそういうところが危機感ないて言うてんねん。そのうち勘違い男に襲われんで。」

わきわき、と厭らしく両手を動かすリサはこれ以上無いほどニヤニヤしている。心配している、というより楽しんでいるのだろう。これではスケベと言われても仕方がない。
どん引きする名前を壁際まで追い詰めたリサの頭をひよ里が叩き、怒鳴る。その隙に白がひよ里の脇腹を擽る。ぴゃーッッ!!という悲鳴を上げて大声で笑い出すひよ里。うるせぇ!!とこれまた怒鳴る拳西。彼を含めてとにかくうるさい。
ぎゃーぎゃーといつも通り騒ぎ出した彼らを横目に、珍しく1人静かにしている真子が名前に近付く。何故か耳元で「着いて来ぃ、」と言った彼は瞬歩で音もなく校舎内に入った。疑問に思いながらも名前は彼の言う通り、同じ様に瞬歩でその場を去る。

「コラァー!!お前ら授業はどうした!?堂々とサボりとはいい度胸だなァ!!!」

「げっ、あれひよ里の担任のゴリラやん。」

「ずらかるでッ……、って、真子と名前どこや!?」

「……先に逃げられたな。」

「はァ!?」

逆方向に遠ざかっていく騒ぎ声に名前が苦笑を浮かべると、隣にいた真子は愉しそうに笑った。つられて名前も笑う。誰もいない廊下に2人分の声が思ったよりも響いて、少し驚いた。
しぃ、と人差し指を唇に当て、悪戯っ子のような顔で名前に笑いかけた真子に、名前は自分の心臓が変な音を立てたような気がした。

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