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それは恋の季節

春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮れ。冬はつとめて。
清少納言はよく言ったものだ。自然の美しさが凝縮された四季折々の時間帯。夕暮れは単純に夕陽が綺麗なだけではない。同じ色に染まる木々と、その色を飛ばす少し冷たい風。薫る金木犀。
しかし、それらの風物の情趣を解さないどころかぶち壊す輩というのも勿論いるわけで。

「電話番号ダメなの?じゃあLINE教えてよ!」

「嫌です。」

「冷てェー!でもそういうところもイイね!!」

「ねね、寒いっしょ。あそこの交差点のマックでも行こーよ。ほらほら、」

「嫌です。」

先程から同じ言葉しか発していないことにコイツらは気づいていないのだろうか、と腕時計を眺めながら呆れたため息をこぼす。彼女にとって所謂ナンパというものは初めてだったが、困惑はしない。対処法は心得ている。
早く部活が終わるからちょっとだけ待ってて、と言っていた彼氏からの連絡は来ない。チームメイトがサプライズパーチーを催してしまったのかもしれない。別に彼女にとって外で長い時間待つのは苦にならないが、景色を遮り観賞妨害してくる馬鹿な男をあしらうのにはそろそろ疲れていた。男子ばかりの工業高校の前で人を待っているなんて、明らかに彼氏持ちだと分かるだろう。自分の彼氏よりも頭が悪そうで顔も良くない男に話しかけられたところで、彼女の心が揺れ動く訳がない。
しかし、話しかけたからには簡単には引けない高校生男子2人。終には痺れを切らして彼女の細い肩に手を伸ばした。

「俺もう寒いよー。行こう?」

「…っ、嫌ですってば!離して!!」

「だーかーらー、」

1人に肩を掴まれ、もう1人に手首を引っ張られた体はよろめきながら立ち上がる。マジでうざい、と思いつつも強く出れないのは、彼氏が心配だからだ。私のせいでもしコイツらが彼に嫌がらせでもしたら、なんて思ってしまう。モヤシみたいな彼氏ではないが、強くもないということを彼女は理解している。バレー馬鹿だから喧嘩が強いわけがないし、まず怪我をするようなことには関わりたくないだろう。
全力で拒否する彼女には、後ろから誰かが走ってくる音なんて耳に入ってこなかった。

「お前ら、ふざけんなよ!!」

「んだよ…、げっ、二口!」

「えっ、もしかしてお前の彼女だった!?」

「そのもしかしてだよ!手離せボケ!」

スパーンッと彼女を掴んでいた腕を叩き落とした様子を呆然と眺める。なぁんだ、知り合いか。そう思った途端に肩の力が抜けた彼女を引き寄せて、二口は男子生徒を高い位置から睨み付けた。
わ、悪かったな!と吃りながらそそくさと逃げ出した格好の悪い後ろ姿を見送る。ザァ、と吹いた風にのって、彼の好きなグミの匂いがした。
名前と二口が出会ったときも、彼は同じ匂いを纏っていた。あれからもう1年経つのか、などという感傷に浸ってしまうのも、秋の夕暮れのせいだろう。

「………お前さ、変なのに絡まれてたんならもっと早く連絡しろよ。」

「部活の人が何か用意してくれてたんでしょ?邪魔しちゃ悪いもん。」

「はー……。だからってなぁ…。」

「今年もグミいっぱい貰った?」

「今年は落とさねーよ?」

「あはは、ほんと。去年はびっくりしたよ。」

昨年、名前は目の前で大量のグミをぶちまけた二口に笑いを堪えることができなかった。お腹を抱えて笑う彼女の前で、彼はただ底の抜けたビニール袋を持って立ち尽くすことしかできなかった。
一頻り笑い終わった後、それらを拾うのを手伝いながら少しだけ言葉を交わしたことを、今でもお互いに覚えている。その頃から気になっていたからではない。単純に、衝撃的すぎたからだ。名前が初めて知った彼の情報は誕生日だった。名前も知らない人の誕生日なのに、次に会うまで忘れることがなかったなんて、周りからしてみたら不思議なことである。
偶然その後何度か会う機会があってこうした関係になったが、学校が違い、部活に勤しむ彼らがまともにデートをすることができたのは数えるほどの回数しかない。
いつものように自然に拐われていった自分の右手を見て、名前の口角は柔らかく上がった。

「どこ行くの?」

「ノープラン。」

「まじ?え、そこは何か考えといてよ。」

「俺の誕生日なんですけど?」

「くっ………。」

「嘘。考えなかったわけじゃねぇよ。でも何か、今日くらいはどっかに寄るとかじゃなくて、名前とゆっくり帰りたいなーと思っただけ。」

悪どい、でも幼い少年のような笑顔で笑う二口。やっぱり好きだなぁ、と会うたびに思うようになったのはいつだったか。元来性格の悪い彼も、名前に対しては偶に恥ずかしくなるほど優しい。口では「キザだねー。」なんておどけてみせるが、彼女の頬はいつも隠しきれないほど赤く染まってしまうのだ。そして彼は、そんな顔をどうにか隠そうと奮闘する彼女を眺めるのが好きだ。
繋いだ手を緩く振りながら、長い影が伸びるアスファルトをゆっくりと進む。買い物帰りのおばちゃんや、仲良く散歩をしている老夫婦とすれ違う度に、ニコニコと眺められるのが少しだけ恥ずかしかった。

「この公園、幼稚園のときよく来た。」

「え?堅治の家からあんまり近くないよね?」

「ここ広いから。爺ちゃんが連れてきてくれた。」

「あら、いいお爺ちゃん。よし、寄ってこー!」

「は?遊ぶの?」

「いや、そこにベンチあるし。……ゆっくり、普段話せないこととか話したいし。あと彼処の紅葉が綺麗。」

「最後のやつが一番なんだろ。本っ当、お前自然好きだよなぁ…。年寄りみたい。」

「すんごい失礼なんですけど。」

いいことを言ったつもりだったのに茶化されて少し腹が立った。しかし、ふと見上げた彼の顔は少しだけ赤くて、夕陽のせいかもしれないけれど、それだけで名前の心はふんわりと温かくなった。
それなりに綺麗なベンチに2人並んで腰をかける。目の前に広がる芝生の奥、銀杏や紅葉が彩る世界の向こう側に二口の通う高校が見えた。日常の中に溢れる笑い話や教師の愚痴、部活の様子をお互いに話した。
気付けば太陽は既にその端を隠し始めていた。一層長くなる影もまた一興。公園の真ん中に位置する在り来たりなデザインの噴水も、眩しいくらいの光が照らし出す中でキラキラと輝いていた。

「眩し。」

「綺麗だね。私、この季節が一番好き。」

「ふーん。眠くなるけどな。」

「あとね、この季節に生まれてきた堅治も好き。」

「ふーん。………はい?」

「何がいいか分からなかったんだけどね、コレ。」

名前が小綺麗な小さめの紙袋を差し出すと、二口は魚のように口をパクパクとさせた後、誤魔化しがきかないほど赤くなった。沈みかけの太陽顔負けの鮮やかな色彩は、「ありがと、」という小さな言葉と同時に名前の視線の先から消えた。色素の薄い後頭部は座っても彼女の目線より随分と高い。あまりいい高さとはいえない肩に頭をのせることはできないので、もたれ掛かるように寄り添う。ピクリ、と体を揺らした彼は、私を支える右腕は動かさないようにしながら、紙袋からシンプルにラッピングされたプレゼントを取り出した。

「……開けていい?」

「どうぞ。」

普段なら考えられないような丁寧な手つきで包装紙をはずしていく手先をじっと見つめる。彼女は彼の手が好きだった。突き指を繰り返して節が太くなった、お世辞にも綺麗だとは言い難い手。彼女の知らない彼の努力が伝わってくるのだ。
悩んで、悩んで、悩んだ末、直感で購入したプレゼントにはあまり自信がなかった。喜んで欲しいと思って選んだのではなく、使ってくれたら自分が嬉しいという思いで選んだのだ。
開けた包みのなかから覗いた目が痛くなりそうなビビッドカラーに、二口は噴き出さずにはいられなかった。

「ちょっ、なに、これ……っ。やばっ…。」

「見たら私のこと思い出してくれるかなーって。」

「ぜってー思い出すわ。………はー、名前、いいセンスしてるな。」

肩を揺らしながら、ジェリービーンズがぎっしりと描かれたスマホケースを眺める彼の横顔を見て、名前は安堵の息を吐いた。ぽつぽつと控えめに散っているラインストーンのせいで少し女の子向け過ぎるデザインかもしれないと気にしていたが、橙の光を乱反射する今この瞬間、それらはとても綺麗で、端整な二口の顔と上手く調和していた。早速カバーを取り替えている姿はなんだか小さな子どものようで可愛らしい。

「あ、じゃあこれ使う?ちょっと欠けてっけど。名前カバーつけてないだろ。」

「いいの?やった!買いにいくの面倒くさいと思ってたんだよー。」

「いや、何で俺のやつ買ったときについでに買わねぇんだよ。」

「忘れてたの!……堅治のことしか考えてなかった。」

「……………お前な、」

はー、とため息を溢しながら左手の甲を額に当てる二口の耳は色づき、駆け抜けていく秋の風が前髪を揺らしていた。
今まで彼の手の中に収まっていた濃緑のハードケースは、名前が持つと少し大きく見えてしまう。実際は同じ機種に対応したものなのだからあり得ないのだが、一回りほども違う手の平のせいでサイズ感が分からなくなることは多々ある。
ぱきん、という音とともに変身した自身の携帯に浮かれる。見慣れているのにしっくりとはこない微妙な感覚がほわほわと心を温める。にやにやとしてしまいそうな顔を引き締める彼女に、二口は柔らかく笑った。偶に見せるその笑顔は凶器だと彼女は感じている。

「特別なことしたわけじゃねぇけどさ。」

「うん?」

「名前と一緒にいるだけで、十分いい誕生日だわ。」

素早く唇を掠めていったのが彼のそれだと理解した瞬間、名前の手から携帯が滑り落ちた。寒さで血色の悪くなった足の上に音もなく落ちた濃緑には目もくれず、不意討ちのキスに硬直する。
左手にカラフルな好物を握りしめたまま、彼は彼女の頬に右手を添えた。今度はゆっくりと近づいてきた二口の顔で視界がいっぱいになる前に、そっと目を閉じる。
彼が好きなもの。
バレーと、グミと、そして。


Happy Birthday / 2016

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