午前二時、外は雨


 眠れない。

 毎日、部活でくたくたになるまで練習しているはずなのにこの寝つきの悪さ。
 身体は疲れたと訴えているのに、変に目が冴えてしまってなかなか眠りにつけない。

 足りない。

 授業にも集中できないし、部活で精一杯の努力もできていない最近。さすがにまずいだろうとなって、眠れないその理由を自分なりに考えた結果がそれだった。

 足りない、足りてない。

 何が? 答えは簡単だった。
 だって足りないのは『何』じゃない。

(会いたい、な)

 誰、なんだから。


―― 午前時、外は ――


 枕元の目覚まし時計に触れると、文字盤を薄暗い緑のライトが照らした。うっすらと開いた目で確認した時刻に溜め息を吐いて、文字盤から目を逸らす。

(一時半、か……)

 最近見慣れ始めたこの時間は、『良い子』ならとっくに寝ているはずの時間で。イナズマキャラバンに加わる前の自分も、イナズマキャラバンにいた頃の自分も、眠りについていて当たり前の、時間で。
 少し前までのこの時間の自分は間違いなく夢の中にいたのになぁと、ひとつ寝返りを打ってみる。
 疲れた疲れたと訴える身体に応えてあげたい気持ちはいっぱいなのに、寝返りひとつも重く感じる今のおれじゃ、どうしようもできない。

 どうしようもできないけど、わかっていることはたくさんある。
 これは、自分の問題だということ。自分の問題なのにおれだけでは解決できないこと。解決するためにはどうすればいいのかということ。

 解決のための手段は、一つしかないこと。

(わかってる、けど)

 行動に移すことが、できなくて。

 おれが気にし過ぎているだけで、ほんとはきっと、すごく簡単なことのはずなんだ。こんなに悩む必要はない。考え過ぎている自分を取り払う必要ならあるんだろうな、そう思えば思うほど、おれの意識は内側に引き込まれていく。
 重い身体にまた寝返りを打ってもらって、毛布の端をぎゅっと握った。

(会いたい)

 日増しに強くなる想い。
 決して口には出さない、出せない言葉。

 いつもの何気ないメールに混ぜて、伝えてしまえばどうなるのだろう。ううん、会いたいなんてわがまま過ぎる。電話をして、声だけでも聞けたなら、こんなもやもやは吹き飛んでしまうかもしれない。

 ……でも、やっぱりダメだ。
 声を聞いたら、聞いてしまったら、

(泣いてしまいそう)

 泣いて、会いたいと言ってしまいそう。

 もしそうなったら、あの人はおれになんと声をかけるんだろうか。
 わかったと言って会いに来てくれる?
 いつでも来いよと両手を広げてくれる?

 ああ、でも。

「……?」

 静かだった部屋に、響く音。
 窓を叩くその音は、降り始めた雨の音。

 数十秒の間に激しさを増した雨は、部屋の中を雨音でいっぱいにした。外へは出られないんだよと、言われているようで、まるで閉じ込められたようだとおれは思った。

「さむ……」

 いつの間にか下がっていた室内の気温に、身体が一度大きく震えた。考えごとだけに集中していたから、気温の変化にも気付かなかったみたいだ。
 そんなに思い詰めて、どうなるわけでもないのに。

『ああ、でも。』

 さっき浮かんだ、瞼の裏の姿に伸ばしかけた手を、寒いことを理由にして毛布の中に引っ込めた。さっき続けようとした言葉もなかったことにしたいけど、眠ろうとして目を瞑れば、また瞼の裏に姿は浮かぶから願いごとは所詮そこまでになった。

 ――ああ、でも。

 泣いている理由を聞かれたら、最初は首を振るけれど最後にはきっと答えてしまうんだろうな。そんなことで悩んでたのかよ! と、叱られたりもするんだろうか。
 想像すればするほど瞼の裏にはっきり浮かんでくる姿が鮮やかすぎるから、堪えたい想いは全部弱くなっていった。

 ほんとはすごく簡単なこと?
 悩む必要なんてないこと?

 そんなのは嘘っぱちで、だから、いつまで経ってもおれはあの人から遠いまま。

「つなみ、さん」

 名前を呼んだからボロボロ涙がこぼれて。
 涙に任せたから想いは止まらなくなって。

「会い、た……、」

 ――会いたい。

 小さく呟いたたったの一言は、激しい雨音にかき消されていなくなった。





四月馬鹿にご用心!様 に寄稿

…させていただきました!

こういったことは初めてで、しかもこんな暗い話になってしまって…
他の参加者様方の素敵な作品と、この話が並ぶのかと思うとドキドキです。

この後の展開の構想があるので、新生活に慣れてきたらサイトを作って、続きを書きたいなと思っております。

お読みいただきありがとうございました!

舞野でした。



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